エゾノコリンゴ(蝦夷の小林檎)だった

昨日、名も知らぬ「ナナカマドではない、冬に赤い実をつける木」について記憶を仮留めしておいた。「果実は直径1cm弱のberry系のほぼ球形で比較的散在したつき方。」結局、"berry"は間違いで"fruite"だったが。

かつてどこかのコメント欄に美崎薫さんが書いてくれたように、私もまた、究極的には物に名前は付けられないのだから、「名前が分からないこと」を唯物論的に楽しむべし、というところがあるのだが、今朝の散歩では、気づいたら私は果敢な調査に乗り出していた。

その木を色んな角度から写真を撮り、実を接写し、その木に次から次へと到来するゲストを撮った。わずか10分くらいの間に五種類の野鳥が飛来し、朝の豪華な饗宴が開かれていた。びっくりした。昨日は何も観察していなかったに等しかった。





それにしても野鳥たちはどうやってこの木を見つけ出したのだろうか。

野鳥たちの饗宴の様子をビデオに撮った。 30sec.

一通り調査を終えた私がまだぐずぐずとその木を見上げている間に、一組の老夫婦が通りかかり、私の視線の先に目をやった。私は「そうだ」と思った。「ここは知ってそうな人にコールド・コールしよう」。私は訊ねた。「この木はなんていうんでしょうね?」そのご夫婦もまた私と同じように、そこを通りかかる度に「この木はなんだろうね」と話していたという。

次にコールド・コールしたのは、黒い毛皮のコートに身を包んだご夫人だった。私は再び同じように訊ねた。すると、彼女の口から間髪をおかず聞いたことのない名前が飛び出した。「これは、サ……シじゃないかしら。」「えっ?」と私は聞き返した。「サンナシ。網走時代によく見たわ。札幌の人はなんて呼ぶのかしら。」「知らない人が多いようです。そうですか。サンナシですか。」と言いながら、私はその発音を忘れないように心の中で何度も唱えた。そしてそのご夫人の「網走時代」とか「札幌の人」という言い方に彼女の人生の一部を垣間みた気がしていた。

私は野鳥たちが樹上で食い散らかして落下した大量の赤い実の残骸の中から原形をとどめるものをひとつ拾ってポケットに入れた。

サンナシ、サンナシ、と小声で唱えながら、やや風太郎に引っ張られるように散歩の復路を半ば上の空で歩いた。家に近付いたとき、町内の年配の方々の中ではなぜか身に近く感じている方と出逢った。挨拶しながら、私はポケットから赤い実を出して彼に見せた。「この実何だか分かりますか?」すると「それはエゾノコリンゴだよ。」「?!?エゾノコリンゴ、ですか。」「そう、昔はこのあたりにもいっぱいあった。でも食えないしね。最近は見なくなったね。これ、あそこの公園の…」「タンポポ公園。」「そうそう。あそこともう一カ所あるかな。」「サンナシともいいますか?」「学名は知らないよ。アッハッハ。」

帰宅後早速、昨日も真っ先に調べたはずの『北海道の樹』(北海道大学図書刊行会)の索引を見た。あった。「エゾノコリンゴ」も「サンナシ」も載っていた。改めてグーグルで検索してみたら、「エゾノコリンゴ」、「コリンゴ」、「サンナシ」、「コナシ」等、呼び名は土地によってまちまちのようだった。「ズミ」と呼ぶ土地もあるようだ。グーグルのヒット数から推測するに、「エゾノコリンゴ」が一番通りがいいようで、また確かに網走など道東方面では「サンナシ」が通りがいいみたい。

「サンナシ」の「ナシ」は「梨」だが、「サンナシ」で検索しているうちに「サンナシ(山梨)」という表記に出会った。そういうわけで、私が昨日気になった赤い実の樹につけられた和名(漢字表記)を整理すると次のよう。

エゾノコリンゴ(蝦夷の小林檎, Siberian Crabapple)学名:Malus baccata var. mandshurica
コリンゴ(小林檎)
サンナシ(山梨)
コナシ(小梨)
ズミ(酢実)

私は一応「札幌の人」なので以降「エゾノコリンゴ」と呼ぶことにしたい。生物学(自然種、自然分類)的には「バラ科Rosaceae」の「リンゴ属Malus」 で「ナシ属Pyrus」ではない。英名に関しては、Siberian Crabapple、Midget Crabapple、Manchurian Crabapple等、「シベリア産」、「小さな」、「満州産」などの「野生りんご」という意味の命名である。また、「ヒメリンゴ」(「イヌリンゴ」)は近種で、英名はChinese Crabappleである。

ちなみに、栽培種のリンゴはヨーロッパ原産である。最後に、林檎といえば、旧約聖書にも遡る物語とイメージを満載した果物だが、それについてはこちらを。
http://www.avis.ne.jp/~chikuma/etc/etc.htm