帰る場所


 島尾伸三『中華幻紀』(ワールドフォトプレス、2004年)152頁部分


誰しも、帰る場所は自分で作らなければならない。島尾伸三の写真集(「照片雑文」)を見ながら、読みながら、家族や親子の宿命といってもいい一筋縄ではいかない関係に様々な思いを巡らせながら、そんなことも思った。それは不動産的な有形の場所ではなく、何度でも辿り直せる思い出や記憶の中の無形の場所ではないか、と。そしてそんな場所を作ることができるためには、何よりも自分の中の不幸だったかもしれない「子ども」に出会う旅(時間)を潜り抜けなければならないようだ。四半世紀に及ぶ中華世界あるいは季節風(モンスーン)地帯の断続的な旅(人生)のひとつの締めくくりとして、島尾伸三は、自分の中の子どもに語らせる。

そうだ、もう、帰ろう。どこへ?

 島尾伸三『中華幻紀』(ワールドフォトプレス、2004年)152頁

親になった島尾伸三は旅をこう振り返っている。

1981年3月から始まった写真家・潮田登久子さんと二人での中華世界(香港、マカオ、東南アジア、台湾そして中国大陸)を巡る小旅行は、年数回のペースで続き、もう二十五年にもなろうとしています。その間いったい何本のビールを飲んだでしょうか。そして、旅先で何人の人に迷惑をかけっぱなしにしてきたでしょうか。ええ、潮田登久子さんとは結婚して女の子が一人産まれました。子どもは大学を卒業し、楽しく働いています。
 宇宙が光の総体だとしたら、あらゆる生き物の、実存も、光のこどもなのでしょうか。写真を通して、そうではないかと思えてしまうのです。

 同書「おわりに」159頁

別の写真集ではこう振り返っている。

 1969年のクリスマスを香港で迎えて以来、この本を書き終えた1995年までに、中国・台湾各地、香港、バンコク、クアラルンプール、シンガポール、マニラといった都市とその周辺、サバ、サラワク、ブルネイ王国のジャングルの中の村を、どこも点をほんの少しなぞったにしかすぎませんが、太平洋の西半分の円弧を形成する日本から南中国海、東南アジアにかけての季節風地帯、台風地帯と呼ぶべきかもしれません、を重ねて旅行しました。

(中略)

 あまりの不幸が景色に色を失わせるように、白黒写真からは幸福の色が飛び去ってしまっていて、影の輪郭だけがぼんやりと、取り残されています。この白黒写真の宿命は、世界がうるさく感じられる疲れたときには、ほんの少しですが、気持を落ち着かせてくれるのに役に立ちました。東南アジアや中国の街特有の喧騒の中に、ゆったりとした息遣いをいくつも発見できたのは、白黒写真を撮ろうとする時に限ってでした。
 また、私は写真を通して、静かな人とともに旅行したり、生活する機会を得られたのです。あっ、その人が買物から帰って来ました。これから二人でひっそりと、ささやかな美味しさを楽しむ昼食を始めるのです。

 島尾伸三季節風』(みすず書房、1995年)「あとがき------モンスーン地帯」239頁〜241頁

そんな二人の間に生まれ、「楽しく働いている」という娘さんに、島尾伸三はどんな面影を見るのだろうか。