情報文化論2007 第12回 資本主義と欲望の鏡:市場と劇場

今回の舞台は18世紀です。18世紀は多様です。いままで見てきた時代もそれぞれに多様ですが、18世紀は現代の私たちの感覚や生活に直結するような要素やシステムの観点から多様なんです。面白い世紀ですよ。

例によって、膨大な情報への入口を二つに絞り込みます。ロココ趣味とコーヒーハウスです。ロココ趣味とはフランスの宮廷文化に由来し、18世紀に貴族の婦人が主宰するサロンで開花する、「小さくてきれいな」ものを志向する感覚にもとづいたいわば小物装飾文化です。小物装飾とはいえ馬鹿にできません。大上段に構えがちな思想や文学や美術でさえ、そこでは小物装飾扱いなんですから。しかもそれは粛々と展開しつつあった資本主義を背景にした劇場主義とも言われる18世紀の時代精神につながります。

コーヒーハウスはいうまでもなく喫茶店のルーツです。17世紀から18世紀にかけてロンドンではコーヒーハウスが大流行します。発端は1688年ごろにエドワード・ロイド(Edward Lloyd)という男がロンドンのタワー・ストリートにロイズ・コーヒー・ハウス(Lloyd's Coffee House)という名のコーヒー・ハウスを開店したのが始まりです。

そこには貿易商や船主たちが多く集まり、店では船舶情報、最新の海事ニュースを載せる「ロイズ・ニュース」を発行するサービスを行い、それで店が非常に繁盛したんです。数年後ロンバード・ストリートの中央郵便局の隣に移転してからは、次第に保険引き受け業者が集まるようになって、店で船舶保険業務を取り扱うようになります。ロンドンにある世界的な保険市場兼法人ロイズ(Lloyd's)の起源です。つまり、コーヒー・ハウスから保険会社が生まれたというわけです。しかも保険会社だけではありません、新聞や雑誌、さらには株式会社や政党など、近代システムのほとんどが、コーヒー・ハウスを舞台にしてそこに集う人々の情報交換の中からいわば誕生したと言われます。面白いでしょう。

ところで、札幌大学の近くに、ろいず珈琲館(Lloyd's Coffee)というレンガ造りの建物のお洒落な喫茶店があるのを知っていますか。同じ「ろいず(Lloyd's)」ですよね。ろいず珈琲館の創設者はLloyd'sの歴史を踏まえて命名したはずです。ところで、17世紀から18世紀にかけて流行したコーヒー・ハウスに匹敵するような場は、現在ではどこだと考えられるでしょうか?活発に情報交換が行われ、世の中の新しい仕組みのアイデアが生まれたりする場所はどこにあると思いますか?ちなみに、チョコレートのロイズはLloyd'sではなく、ROYCE'です。

ついでに、TSUTAYAというビデオやCDのレンタル・ショップを知っていると思いますが。その名前の由来は知っていますか。下記3.3で登場する江戸時代の蔦重(つたじゅう)こと蔦屋重三郎の蔦屋(つたや)からとられているんです。なぜなら、蔦屋重三郎は江戸文化をいわばプロデュースした稀代の情報ネットワーカーだったからです。TSUTAYAはそれにあやかったわけですね。ちなみに、TSUTAYAの現在の本社は東京恵比寿ですが、もともとは大阪が発祥地です。大阪には蔦屋重三郎と並び称される木村蒹葭堂(けんかどう)という上方文化のパトロンがいたのですが、KENKADOではなく、TSUTAYAを選んだわけですね。

講義の骨子です。リンク先に飛んで、遊んでください。

第12回 資本主義と欲望の鏡:市場と劇場
バロックからロココへの転換*1
1.1ドイツの白磁器銅版画パステル画
1.2宮廷(サロン)文化*2
1.3小物の世紀*3ヴォルテール*4

2市場と劇場
2.1南海泡沫事件ジョン・ローゲーテファウスト』第二部)
2.2ワイドショー的社会観(シャフツベリーモンテーニュ*5
2.3コーヒーハウスの流行とジャーナルの隆盛*6
2.4経済学の誕生(アダム・スミス)とフィクションの流行(デフォースウィフト*7
2.5バロックの終焉(バッハの死、1750年)

3十八世紀後半
3.1『百科全書*8活字デザインの隆盛(バスカーヴィルボドーニ:1750年代)*9
3.2絶対主義から産業革命へ(「総合ドイツ文庫」、ヘルダーヴィンケルマン上田秋成平賀源内:1760年代)
3.3情報ネットワーカーの登場(プリーストリードルバック木村蒹葭堂*10蔦屋重三郎:1770年代)
3.4フランス革命のディケード(ニュートン力学の確立、ロンドンで『タイムズ』創刊、歌麿「大首絵」:1780年代)
3.5ナポレオンの登場(ナショナリズム*11ドイツ・ロマン派*12腕木式通信ジェンナーの種痘リトグラフの開発:1790年代)

4十八世紀の多様性
4.1啓蒙の世紀
4.2新古典主義の世紀
4.4「存在の大いなる連鎖」の時代*13
4.5歴史主義の世紀*14
4.6ジャン・ジャック・ルソーエドモンド・バーク