遠征二日目。雨。元町中華街駅から地下鉄で横浜駅に出て、まずは京急で浅草に向かう。ダウンジャケットのポケットに忍ばせた『濹東綺譚』を取り出して頁を捲る。東京というメガロポリスの「裏側」というか「底」に少しでも触れたかった。表ではなく裏。中心から外れた場所。時勢から取り残された場所。車の進入できない路地。総じて「弱い場所」。どこへ行っても、そんな場所へ足を向ける癖がある。でも、そこにも現在の人の生活があるから、ずかずかと入り込んでぱちぱちと写真を撮ることは慎むべきだ。頭では分かっている。でもでも、思わず吸い寄せられ、思わず写真を撮ってしまう。カラダが反応する。言い訳めいて聞こえるかもしれないが、ちゃんと撮ってくれと訴えられているような気がしてならない。昨夜は会えなかったid:mmpoloさんの粋な計らいで、東京の「弱い場所」のひとつを案内してもらうことになったのだった。浅草から見て隅田川の向こう側、東側。永井荷風が情味豊かに記録した「濹東」である。東向島駅で待ち合わせることになった。浅草で東武伊勢崎線に乗り換えて、隅田川を渡り、四つ目の駅。東向島の旧名は玉ノ井。『濹東綺譚』の主な舞台となった土地である。
このいわば「濹東巡礼」には、id:hayakarさん、id:alsograficoさん、id:phoさん、そしてid:kaiowadaさんが参加した。われわれはさしずめmmpolo先生に付いて忘却の波が打ち寄せる東京という街の記憶の汀に遊びながら学ぶ生徒たちだった。mmpolo先生の手際の良い解説付きの案内で、われわれは、旧遊郭街の玉ノ井いろは通りと鳩の街、東京大空襲を免れた古い街並が残る京島3丁目の路地から路地を巡り、立花1丁目にある知る人ぞ知る関東最古の神社といわれる吾嬬(あづま)神社を詣でた。途中、水戸街道沿いの寺方蕎麦の「長浦」で昼食をとり、鳩の街で築80年以上の木造家屋を改修したカフェ「こぐま」でお茶し、亀戸横丁でmmpolo先生推薦の「亀戸餃子」で超美味の餃子を食した。歩きながら、食べながら、飲みながら、相手を変えては色んなことを話し合いもした。楽しかった。hayakarさんの意外な被写体を発見する思いがけない動き。alsograficoさんの鋭敏な耳。phoさんの思いがけないコメント。kaiowadaさんの心を澄ます佇まい。それぞれの非常に個性的な動きに刺激され、彼らの感受性にも学びながら、私はたしかに東京の「裏」あるいは「底」から微かに響いてくる歌を聴き、ぼんやりと浮かび上がってくる過去の幾重にも重なるイメージを見ていた。
その後有楽町に出て、ガード下の居酒屋で酒を酌み交わした。笑いあり、涙ありの数時間があっという間に過ぎた。