今朝、いつものように帆足(ほあし)さんちの横を通りかかったら、庭の奥の方からラジオの音声が流れてきた。帆足さんの姿は見えなかったが、直前までそこにいたような気配が漂っていた。自転車はあったが、車がなかった。急な用事で出かけたのだろう。付けっぱなしのラジオの音声は「すぐ戻るから待ってて」というメッセージのように聞こえた。立ち止まってしばらくそのとてもユニークな空間を眺めていたら、小学生の頃に近所の友だちと裏山に「秘密基地」と称する小さな家を作って遊んだことを思い出した。手分けして材料を集めてきて、大人たちの目の届かない場所に動物の巣のような居心地のいい場所を自分たちの手でゼロから作ることに没頭したことがあった。あの頃のワクワクゾクゾクする気持ちが微かに甦った。
帆足さんは、その庭を様々な作業のためのワークスペースにしており、かつそこから目的地へ向けて自転車か自動車で出発する正しく「基地」のような空間として利用している。しかもそれだけではないもっと多様な空間として利用していることが感じられるほど、複雑で生き生きとした編集的現実感が横溢しているのだった。その庭はほぼ全体がすっぽりとブルーシートの屋根で覆われている。壁のないオープンなガレージになっている。角材の支柱と梁からなる最小限の骨組みの上にブルーシートを被せただけの、いたってシンプルな作りの空間である。簡単に解体して、また簡単に組み立てることができる空間である。大きめの露店のようにも見える。ブルーシートを利用したガレージなので、略して「ブルーガレージ」と呼びたい。坂口恭平さんのいう「0円ハウス」を連想する人も多いかもしれない。庭と言っても路地のような細い通りに面していて奥の奥まで人目に触れるが、帆足さんはそんなことは一向に気に掛けない様子である。人柄も創り出す空間もバリアフリーでオープンである。これなら雨の日でも濡れずに勝手口と物置の間を行き来できるし、車の乗り降りもできるし、外で作業もできる。ビール函の上に板を渡しただけのコの字形の作業台にキャンプ用の小さな折り畳み式のイス。そこで細かい作業をするのだろう。そして寝袋が干してある。もしかしたら、作業台を寝台にして星空を眺めながら寝ることもあるのかもしれない。素敵だ。毎日、キャンプ生活を送っているような楽しい雰囲気がある。この空間なら、イスとテーブルを増やせば、ビアガーデンに早変わりするだろう。それにしても、帆足さんの「ブルーガレージ」は極めて自由度が高い。色んな空間利用の可能性が顕在潜在相半ばして共存している。規格品のハコものによって、あるいは注文によってそれと同じ程度の多様な機能性に富んだ空間を作るとしたら一体いくらかかるか分からないが、帆足さんはおそらくせいぜい材料費数千円で(もしかしたら0円かも)そんな心理的にゴージャスな可塑的空間を創出しているのである。その風通しのいい気持ちの良さそうな空間で、いつか缶ビールでも飲みながら、ときどき星空を仰いだりして、帆足さんと昔の話なんかがしたい。「帆足さん、留守中、失礼しました!」