藤原新也『日本浄土』の最終話「五月の少年」にカラー(Calla)という植物が登場する。
カラーはミズバショウと同じサトイモ科に特徴的な「花」、すなわち本来の棒状の花(肉穂花序)を囲むように発達した仏炎苞(ぶつえんほう)が特徴の植物である。「仏炎苞」という名称は、仏像の背景にある炎を型どる飾りに似ていることに由来する。普通は、その純白の仏炎苞を「花(弁)」と見なし愛でる。「五月の新緑の季節の水辺で育つカラーの花ほど清楚な感じのする花はない。その花の特徴は、なんと言ってもその形が、逆さになった巻きスカートのような、シンプルなたった一枚の花弁からなっていることだ」(229頁)
「五月の少年」では、遺伝性筋疾患で車椅子生活を余儀なくされながらも、カラーを育てる少年との出会い、そして八年後、少年の消息も安否も不明の中、すでに雑草地と化した場所にわずかに生き残っていた少年が育てたカラーとの再会が心を捨てるか捨てないかのギリギリの線で描かれている。
原生林のような林を抜けた雑草地の中に、強靭にもたった一ヵ所だけ真っ白いカラーの花は生き残っていたのだ。
まるで太古の世界のような不思議な光景だった。
私はその花の前でしばらく立ちつくす。
花の白が目を刺すように眩しかった。
「……おっちゃん、俺、まだ大丈夫だって」
その小さなスピーカーのような形の白の輝きの中から、言葉を失った少年のつぶやきが、ふと聞こえるような気がした。(232頁〜233頁)