白樺のように


「 …… (演習室で西向きの窓の外に見える山並みを指差しながら)正面に見えるあの山が藻岩山、スキー場のゲレンデにまだ雪が少し残っているでしょ。高さは531m。その右手に、今日は雲に隠れて見えないけど、1000mを越える手稲山があるのね。そして藻岩山の左手奥には、藻岩山より遠くにあるから低く見えるけど、1000m級の神威岳、烏帽子岳、百松沢岳なんかがあってね、それからさらに左の手前には山肌が段々に削られた低い山が見えるでしょ? 今も現役の採石場があるけど、昔は札幌軟石として有名な石材が大量に採掘された硬石山だよ。それからもっとずっと左手の方には、今日は全く見えないけど、1300mくらいの札幌岳や空沼岳があるんだよ。こんな感じの配置ね(ホワイトボードにラフに描く)。でさ、その手前にぐいっとカーブして流れている結構大きな川があって、上流、定山渓の奥には豊平峡ダムがあって、今放流中で川の水嵩が増えているけど、それがあのイサム・ノグチが設計した、行ったことある? モエレ沼公園の先でさ、もっと大きな川に合流して、そして、ここ、そう、石狩湾、日本海に注いでいるんだよ。川の名前知っている? そう、豊平川石狩川ね。ちなみに、いつか『豊平川石狩川の一週間』という本を書きたいと思っているんだ。こんな風に山を背に川を下って海に注ぐ、そして逆に、鮭が産卵のために遡行するように、海から川を遡って水源のある山へ向かう、その両方向の動きが、この土地に住む人間の心の底にも知らず知らずのうちに印刷されるように刷り込まれれているはずなのね、、。そして、豊平川のこちら側、平岸とか澄川とか川にちなんだ名前の土地を経てさ、西岡とか羊ケ丘って呼ばれる丘陵地帯が延びているのね。で、僕らが今いるのはその西岡のこの辺なわけよ。わかった? こうやってさ、自分が今いる場所の、大地感覚というか土地感覚を持っているのといないのとでは、そこで暮らす暮らし方も随分とちがってくると思うのね。意識の持ち方の上でね。見えるものが断然ちがって来るよ。その上でその感覚をさらに広げたり細かく密にしていくことや、そういう土地にこれまで人間がどんな手をどう加えてきた結果、現在の街が出来上がったのかという社会と歴史を見る目を養って、これからどうなって行くべきなのかってことを愛着を感じながらあれこれ思い描くことが結構重要だと思っているわけですよ。どう? …… 」

そんな話から入りながら、新入生向けの演習の2回目を行った。この一週間で学生たちは履修する全ての授業を一通り受けた。その感想を一人一人に語ってもらう。それに対して私が少しずつ立ち入った質問を投げかける。それに答えることを通して、一般的で平板な感想の言葉を掘り起こして、より具体的で起伏もあり流れもあるような経験として語れるようになるレッスンを行う。そんなやりとりの中では自然と学生同士が相互に情報交換することにもなる。さらに、私からは大学の授業を受ける上での具体的なアドヴァイス、卒業後を見据えた人生に関する様々なアドヴァイスをする。特に、一週間という節目を意識して経験を記録し、積み重ねて行くことの重要性を強調する。一週間というサイクルの起源は創世記にまで遡るが、実際に、一週間で人生は、自分が生きる世界は、変えられると思って本気で生きてみるのも楽しいじゃない。などなど。「90分は長いですよー」と口々に語っていた学生たちだが、対話していると、あっという間に90分がたってしまう。ふと、駐車場を囲むように広がる白樺の林の光景が浮ぶ。一本一本が天に向かってすくーっと伸びている。新入生諸君の姿と重なった。