撮れない

雪の積もった日の朝にすっかり萎びて色褪せたホトトギスの花を撮ろうとして、ああでもないこうでもないとカメラを向けていたとき、通りがかった顔見知りのおばあさんが「まだ撮るものあるのかい?」と笑顔で優しく声をかけてくれた。思わず「はい、雪とか、、」と答えてしまって、内心「そうじゃない」と思ったが、おばあさんは遠ざかっていった。萎んでいくものや、枯れていくものや、色褪せていくものや、置き去りにされたものや、言葉では表せない複雑な表情を浮かべた人など、短時間の散歩でも、撮りたくても撮り切れないほどたくさんのものや人に出会う。そのおばあさんの底知れない笑顔も撮りたかったが、撮れなかった。撮ろうとする気持ちに体が生理的に強く抵抗する。カメラを持った右手が固まる。最近特に人の顔にはカメラを向けられなくなった。