花のノートルダム (光文社古典新訳文庫)、刑務所図書館―受刑者の更生と社会復帰のために
監獄法はまだ制定されていない、いまから約120年前、我が国にも刑務所図書館の設置を説いた人物がいた。我が国行刑のパイオニア・小河磁次郎である。…彼の主張は、基本的には、現在でもそのまま通用するだろう。
「適当有益ノ書籍ハ監獄ニ於テ之ヲ具備シ、囚人ノ請求アルニ従カヒ、其個人的ノ関係ヲ詳悉シテ相当ノ書籍ヲ貸与スルコト本体ナリト謂ハサルヲ得ス…(中略)…書籍室ヲ設ケ書籍請求ニ要スルノ費用ハ限リナキ差入書籍ノ検閲等ニ要する費用ノ積重スルモノニ比シ結局、得ル所多クシテ失スル所少カルヘキナリ」(小河磁次郎『日本監獄法講義』明治23年)
受刑者の立ち直りと円滑な社会復帰のため、我が国においても、諸外国に恥じない刑務所図書館制度が確立されることを切に望みたいと思う。
中根憲一『刑務所図書館』出版ニュース、2010年
しかし更正してそこに復帰すべしとされる社会の実態は如何に? 社会のほうが監獄でない保証はどこにあるのか? さらに社会に復帰する可能性の断たれた確定死刑囚にとって刑務所図書館は、そこで読まれる本は、どのような意味を持ちうるのだろうか? 社会から逸脱せざるをない理由のなかには、当の社会に対する根源的な異議申し立てが含まれているのではないか? 日本全国のどこかの刑務所図書館には、いまだに世間では不適当かつ有害な図書とみなされかねないジャン・ジュネの本は収蔵されているだろうか?
Jean Genet and Dr. Hans Koechler at the Imperial Hotel in Vienna (19 December 1983)
どんな事物を前にしても、もはや楽しい展開などない。物に触れるたび、盲人のように手探りする彼の小さな指は、空虚にはまりこんでいく。扉はひとりでに回転するが、そこからはもう何も見えない。キュラフロアが老婆の目に口づけすると、蛇のような冷たさが彼を凍らせた。キュラフロワがよろめき、倒れそうになったとき、彼を救うためにわざわざ「思い出」がやって来た。それはアルベルトのビロードのズボンの思い出だった。予期せぬ特権を与えられ、神秘の奥の奥をかいま見た人間が、急いでそこから目をそらし、地上に踏みとどまろうとするように、怖くなったキュラフロワは頭を抱えてうしろに飛びのき、アルベルトのズボンの温かく包みこむような思い出のなかに逃げこんだ。そこで、自分をやさしく慰めてくれるひな鳥たちが迎えてくれると信じたのだ。
その後、天から降りてきたアルベルトに運ばれて、キュラフロワは寝室に帰り、ベッドで泣いた。だが−−驚かないでいただきたいが−−キュラフロワは泣けない自分を泣いたのだ。