KAWASAKI 650


その日の朝はやっぱり雨だった。前日の夕方、クッチャロ湖畔のトシカの宿に着いてまもなく、「血のような夕焼けが見えるわよ」と主の吉沼さんに言われて、部屋の窓から眺めた湖の上の空が燃えるように赤く染まっている光景を思い出していた。宿の前で、同宿した吉垣さんと道中の無事を祈る言葉を交わして別れた。川崎で花農家を営む吉垣さんは大型バイク、KAWASAKI 650 で一人旅。知床方面に向かった。私たちは稚内経由で増毛(ましけ)に向かった。


前日は夕食時から三人で話が弾んだ。入浴後就寝するまでの間も、食堂を兼ねた広い休憩室で、浜頓別町内のコンビニで買ったフランス産のワインをかたむけながら談笑した。吉垣さんは花のなかでもクレマチスの栽培に力を入れている。私が各種のクレマチスの写真をよく撮っていることやクレマチス籠口が好きだということを知って、彼の目が輝いた。クレマチスの中でも特に籠口の新しい栽培方法に伴う苦労を語ってくれた。そして北海道ではクレマチスがまだ咲いていると言って驚いていた。クレマチスが思いがけない縁となって私は手前勝手にも旧知の仲のような気分になっていた。川崎方面に土地勘のある小島さんともまるで同郷であるかのように極めてローカルな話題で盛り上がっていた。ワインが一瓶空く頃には、仕事上の葛藤、そして家族を説得して一人旅に発った胸の内など、しみじみとした話も吉垣さんの口からこぼれた。私は彼を心底応援したくなった。小島さんも同じような心境だったに違いない。休憩室の隅に置かれたテレビではずっと台風関連の番組が流れていた。


吉垣さんと別れた後の車のなかで、小島さんは「気持ちのいい若者でしたね」と言った。私も全く同感だった。彼の気負いのない自然な態度や話ぶりに好感を持った。心のなかで改めて吉垣さんの道中の無事を祈った。


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