解体現場






帰宅途中、見慣れた一角の解体現場の防塵ネットを透かして瓦礫の山と二台のいわゆるショベルカー(油圧ショベル)の影が見えた。作業の動きは見えない。作業の音も聞こえない。ネットの張られていない面に回り込んだ。すでに作業員の姿はなかった。二台のショベルカーは首を伸ばしたまま、いかにも作業中という状態で静止していた。今まで素通りしていた解体現場の内部をしばらく眺めていた。背後には新しいマンションが聳え、階段部分と一部屋だけに明かりがともっていた。時間が停止した空間が、まるで巨大な作品か舞台のように見えた。かつてそこに建っていた二階建ての鉄筋コンクリートの建物には、一階の大部分を占める形でドラッグストアが入っていた時期があった。残りの小さなスペースには藍染めの粋な暖簾の飲み屋「いちばんぼし」が入っていて、かなり惹かれたのだが、そのうちきっとと思っているうちに立ち寄る機会を永遠に失った。一か月ほど前に建物の解体が始まったと知ったとき、その粋な暖簾の飲み屋の移転先に関する情報を探したのだが、どこにも見つからなかった。二階にあがる外づけの階段の入口横にはバレエ教室の看板がかかっていた。今はもう存在しない二階のフロアーがあったあたりに、跳躍したり回転したりする見たことのない人の影が見えるような気がした。ドラッグストアが移転してからは、シャッターが下りたままの日が続いていたが、ある朝突然シャッターが上がり、その日から数日続けて毎朝老人が大勢おしけかているのを見かけたことが何度かあった。やけに明るくて物悲しい光景だった。