「福岡・春日東小学校 1970年4月」、『音のない記憶 ろうあの写真家 井上孝治』(角川ソフィア文庫、2009年)66頁
なんていい表情なんだろう。いや、どうしてこんな瞬間を撮ることができたのだろう。井上孝治(1919–1993)が撮ったスナップショットを見ながら、不思議な距離感に引き込まれていた。物理的には測れない、遠くて近いとでも表現するしかないような距離感。井上孝治は三歳のときに事故が原因で聴力を失ったという。耳が聞こえない写真家は、全身を耳にするようにして目を澄まし続けたのだろう。あるいは目の中に生まれた耳が、ただの目には止まらない瞬間を鋭く掬い上げた。そんな解像度の高い目にとっては、世界はそれこそ「決定的瞬間」に溢れたものに映っていたような気がする。
黒岩比佐子による評伝『音のない記憶』を読むまで、福岡県福岡市生まれの写真家、井上孝治のことは全く知らなかった。本書を通じて井上孝治の生涯のあらましと彼の撮った写真が広く知られるようになった契機と経緯を知った。そして本書に掲載された主に1950年代に福岡と沖縄で撮られた41枚のスナップショットを繰り返し飽かずに眺めていた。
そのうち、注文してあった井上孝治「想い出の街」2012年カレンダーが届いた。送り主は井上孝治の長男で写真家の井上一(はじめ)氏である。福岡で写真館ブルックスタジオと井上孝治写真館を営んでいる。
カレンダーには丁寧な手書きの挨拶状が添えられていただけでなく、「井上孝治写真館」のリーフレットと昭和30年頃の子供達のスナップショットが印刷された4枚のポストカードも同封されていた。
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