中山さんのHASHI論:"pure"の正体

『横浜逍遥亭』の中山さんが、予告通り、予想通り、HASHIさんの"pure"をめぐって、しなやかで、暖かみのある、素晴らしい文章を書いている。二日間の葬儀で涸れた心に、中山さんの文章が、清水のごとく染み込んで来るように感じられた。

2006/10/03 (火)「純粋な単純さ」http://d.hatena.ne.jp/taknakayama/20061003/p1

これは、『HASHI[橋村奉臣]展』での感動の輪郭と、写真家・橋村奉臣さん(の人間としての器の大きさ)について書かれた最上のものだが、中山さんの言葉に反して、私は中山さんの文章の中で、橋村さんの写真を「見た」し、橋村さんご本人に「会った」ような、そんな強く深い印象を得た。でも、ますます、実物を見に行きたくなったじゃ、ないですか。
「目線が心の底から自然でフラットなのだ」という橋村さんに会えるのはいつの日か。「ニューヨークでの熾烈な競争」は「心の底」の底まで、「目」を届かせようとする内側の闘いでもあった、ある、ような気がした。中山さん、ありがとう。