ビルの谷間の白樺


朝の散歩から戻り、朝食を済ませてから、車のタイヤ交換に出かけた。予報では月曜日は日中も雪で最低気温は零下5℃だった。その後も最低気温は零下が続く。予想以上に気温の低下が速い。昨日までは、まだまだ大丈夫と高を括っていたが、これは交換しといた方がいいなと思い直した。私は行きつけの床屋のオーナーから紹介されたタイヤ販売店でタイヤを購入した際に、そこの若社長が気に入って、数年前からタイヤの預かりと交換の良心的なサービスを利用している。

しかし、昨日大学で話した職員さんが、週末は7、8時間待ちは覚悟した方がいいようですよ、と語っていたのを思い出した。ひどく混んでいることを予想して、家から電話で予約を入れたときには、案の定どれくらい時間がかかるかは分からないと言われたが、それほど混んでいないような口ぶりでもあった。完全予約制ではないので、行ってみなければ分からない。

実際にタイヤ販売店に着いたら、待ち客は意外なほど少なかった。私は三番目だった。読みかけの『計算不可能性を計算する』(asin:4901391801)他数冊を持参していた私は、じっくり読む時間があるぞ、と思っていただけに、ちょっと拍子抜けした。一時間もかからずに、タイヤ交換は完了した。「社会」と「システム」の循環的拘束性の認識をベースにした、社会学宮台真司とコンピュータ・サイエンティストの神成淳司の熱い対話は、結局最後まで読むことは出来なかったが、それでも宮台の「社会的全体性」を絶えず参照しようとする姿勢、神成(しんじょう)のあくまで現場の現実に深く根ざしたシステムの設計にこだわる姿勢に共感を覚えた。

タイヤ交換からの帰り道、信号待ちで、ふと右手を見た私の目に、落葉した白樺が飛び込んで来た。高層マンションや低層アパートや一戸建てが密集する一角である。システムと外部の意外な「エッジ」を目の当たりにしたような気がした。「構造計算」はさておき、計算設計された建築物に囲まれて窮屈そうに存在する白樺は、システムに抗する予測不可能な力を包括するようなシステムの設計を象徴する光景のように思えた。