書物を流れる時間

異郷の季節

異郷の季節

以前触れた『越境の時』(集英社新書、2007年)の刊行に合わせて新装版が発行された鈴木道彦著『異郷の季節』(みすず書房、初版1986年)を読んでいて、ドキドキした場面があった。鈴木氏が一九五四年以来渡仏の度に仕事場として毎日のように通い詰めた国立図書館(Bibliothèque Nationale)、略してベー・エヌ(B.N)での出来事である。

私が最初にこの図書館に足をふみ入れたのは、第一回渡仏のときで、一九五四年の秋だった。現在なら、この図書館で仕事をしている東洋人のうち十人に七、八人までが日本人で、それほど日本人が熱心に本を読んでいることは、館員にも他の閲覧者にも周知のことなのであるが、一九五四年当時は第二次世界大戦後まだ日も浅く、在仏日本人の数はごく少ないときであったから、ベー・エヌに行っても日本人に会うことは稀だった。東洋人そのものが少なかったが、いればだいたいがインドシナの人たちであるという時代だった。そのころに、私はひとりの東洋人を見かけたのである。小柄な痩せた老人で、山羊ひげをしょぼしょぼと生やしている。まったく風采の上がらぬ人物で、どこか神経質で小心そうなところがあるが、しかし根は優しいのか、まんまるい小さな眼鏡の奥で、その眼がいつも少し笑っていた。(43頁)

このくだりを読んだとき、私の脳裡には一瞬チャン・デュク・タオのイメージが去来していた。タオが祖国ベトナムに戻ったのは五一年だったことを忘れていた。

タオの名前が登場するのではないか、とドキドキしながら頁を繰ったのだった。結局その「老人」はタオではなかったのだが、それとは全く別に面白かったのは、その「老人」の素性が判明するのが、なんと一九八〇年鈴木氏三度目の渡仏の時だったということである。ほぼ三十年の歳月をかけての図書館での「出逢い」に感動した。その経緯が描かれた章の題名はいみじくも「書物を流れる時間」である。