イギリス風とは:Bliss(1996, 2004) by Jeremy Tankard


Bliss

片塩二郎氏によれば、タイポグラフィーの「知の領域」の観点からは、フレンチレストランの看板にはGaramondギャラモン)が、イタリアンならBodoniボドニ)が相応しいと言うに足る理由があるのだった。

それに倣って言うならロンドンの地下鉄にはJohnston(1913)(ジョンストン)がぴったりらしい。しかし「知の領域」とはいえ、「美の領域」から切り離すことはできないから、ある意味では書体のもつ曰く言いがたいクオリティ、風格の話にもなる。

文化的遺産ともいうべき書体の歴史を重視する英国人デザイナーのジェレミー・タンカード(公式サイトJeremy Tankard Typography)が設計したBlissは「Johnston(1913)Gill Sans(1930)の系譜に連なるイギリス風のやわらかく自然なサンセリフの書体」として紹介されている。タンカード本人は、「文字がより自然で流れるような形状」を目指したという。

概念を少し整理するなら、「イギリス風」とは「自然さ」であり、「自然さ」とは「やわらかさ」であり「流れるような形状」であるということらしい。

タンカードは一方では、Johnstonを設計したエドワード・ジョンストン(Edward Johnston)の古代ローマに遡る書体モデルを重視ししつつ、あくまで「イギリス風」であることを心がけたという。

ジョンストン(Edward Johnston)の信念の一つに、ゴシック書体の大文字は、Roman square capital(ローマ時代に使われていた大文字)の比率で作られれば、ずっと調和がとれて受け入れられやすいものになるはずだというものがありました。「Bliss」はこのアイデアへの認識からスタートしました。

「Bliss」をデザインするにあたって、次の3つを目指しました。シンプルであること。視認性が高いこと。そして「イギリス風であること」です。(というのもイギリスでは形状はソフトで、流れるようで、そしてカーブが豊富に使われます。)小文字の形状が、そのいくつかの考えかたを表しています。例えば、二つのカーブからできている小文字の「g」の形状は、イギリスの伝統的なゴシック体のデザインに見られます。「Bliss」の特徴の多くは小文字の方に見られるはずです。Hans Eduard Meierというデザイナーの「動的構造」の推論に影響を受けた結果として、文字がもっと自然で流れるような形状になりました。

そうか。つまり、「イギリス風」を構成する「やわらかさ」や「流れるような」という質は実際には「カーブが豊富に使われ」ることによって実現されるわけである。曲線の活用。

そういえば、「イギリス風」食パンもたしかに曲線に大きな特徴があるなあ......。


イギリス風食パン(パティスリーララ)

ちなみに、「Bliss」とは「至福」を意味する。

もうひとつちなみに、現在のロンドンの地下鉄の書体はNew Johnston(1979)であり、設計は日本人デザイナーの河野英一氏である。