ページからなる本のページの意味

書物のページには表と裏がある。表紙側が表である。そしていわゆるページ付けでは、表(recto)には奇数、裏(verso)には偶数の番号を振るという組版ルールがある。専門家の間ではページに振られる番号のことを「ノンブル(nombre)」とフランス語風に呼ぶのが慣例となっている。ちなみに、Phoenixさんが推薦してくださった『本づくりの常識・非常識[第二版]』(asin:487085189X)のなかで、著者の野村保惠はオックスフォードルールを引用しながら、ノンブルのルールを知らない編集者やデザイナーがいることに驚いている(51–52頁)。


『本づくりの常識・非常識[第二版]』51頁
"Rectos have odd numbers, versos even. (p. 144)"が見えますか?


シカゴ・マニュアル(The Chicago Manual of Style 15th edition)のpagenationの説明部分。奇数、偶数の説明はない。

さて、普通ページネーションというときには、そのようなページ付けそのものを指す。


『グランドコンサイス英和辞典』のpaginateとpagenationの説明部分

しかし、今日では当たり前のそのページ付けは、実は活版印刷のはじめから存在したわけではなかった。鈴木一誌も『ページと力』(asin:479176000X)の「3 ページネーション」で言及しているように、グーテンベルクのいわゆる四十二行聖書(c.1452–1455)にはノンブルは印刷されていない。鈴木氏が引用している雪嶋宏一「揺籃期 インキュナブラ」*1によれば、ノンブルは15世紀末にヴェネチアの印刷人アルドゥス・マヌティウス(Aldus Pius Manutius, c.1452–1515)によって発明された。西洋印刷史上書物に初めてノンブルが登場したのはそのアルドゥスが1499年に刊行したニコラウス・ペロットウス『コルヌコーピアエ』だそうだ。ページ付けが一般に普及するのは16世紀以降である。


Gutenberg Bible

鈴木氏は、この歴史的経緯に垣間見える物理的なページの存在が抱え込んでいる重要な意味(いわば「ページの形而上学」)を「ページネーション」の新たな、本来の概念として暴き出した。すなわち、ページにノンブルを振るという行為は、本来切れ目なく連続する人間の手に負えないテクストをページという人間の手に負える形に切断した上で、もとの連続性をなんとか確保しようとすることを意味する。したがって、ページネーションとは、ページという切断をページの連続へと誘う組版技術総体であると。

ここで、ちょっと立ち止まりたい。かすかなひっかかりを感じる。私はついついノンブルが印される前のページのことも「ページ」と呼んでしまうが、ノンブルが印される前の「それ」は「ページ」なのだろうかという疑問が浮かぶ。たしかに、ノンブルがあろうがなかろうが、どうみても、物理的には「それ」は「ページ」に見える。だが、そう見えるのは、ノンブルが印されたページを見慣れた目で見るからであって、グーテンベルクの時代に遡った目で見た時には、はたして、「それ」は「ページ」だと言えるのだろうか。

それともやはり、鈴木氏が「巻物から紙葉をめくる形態への転換が、書物には大きな革命だったのだろう」(『ページと力』148頁)と指摘するように、グーテンベルク以前、「巻物(volume)」から「写本(codex)」への転換の時点で「紙葉」は「ページ」という概念を立派に孕んでいたと言えるのだろうか。

「ページ」はあくまで本のページであり、ページからなる本のページである。したがって、ページとは何かは本とは何かと分けて考えるわけにはいかない。ということは、そもそも本を作るとは一体どういうことなのかという問いの前に立たされることになる。そして、本を作る前には、文字(活字)になる前の書き手の原稿、テクスト、声がある。後者はとりあえず、「私的なもの」とみなしうる。その私的な声が他者に向けて開かれる(公開される)過程そのものを本は担ってきたと言えるだろう。そこを見通しよくするのがひとつの宿題。

考えてみれば、「ページ」も「本」も、人生や世界や宇宙を捉える比喩として使われてきた歴史がある。他方、英和辞典等で"page"を引いてみてれば一目瞭然であるように、コンピュータ・テクノロジーの最も深い場所でも「ページ」という比喩は脈々と生きている。また、最も浅い場所、インターフェースではウィンドウのスクロールのごとく、ページ以前の「巻物(volume)」の比喩が活かされている。そしてその中間では美崎薫さんが長年にわたって改良をつづけてきた「ファイル」という情報を畳み込む「襞」のような形態が存在する。……。

日曜日の妄想は広がる。

*1:『たて組よこ組』49号、1997年4月。インキュナブラそのものに関しては、国立国会図書館 電子展示会「インキュナブラ 西洋印刷術の黎明」を参照。