ドイツの小林さん

私が勝手に欧文書体の「師匠」と呼んでいる人がいる。小林章さん。現在ドイツでご家族と生活をともにしながら、書体設計、フォント・デザインの仕事に励んでおられる。その生活と仕事の一端に触れることができるのはブログのお陰である。

小林さんが書かれた『欧文書体』(美術出版社、2005年初版)が、私の書体とタイポグラフィの関心に、あるいは「真性活字中毒症状」という小さな火に大量の油を注いだといっても過言ではなかった。『デザインの現場』の連載「フォント演出入門」も欠かさず見ては感心している。

では、杉浦康平編著『アジアの本・文字・デザイン』(トランスアート、2005年初版)にも登場する韓国のデザイナー、アン・サンス(安尚秀 [Ahn Sang-soo] 、1952年、韓国忠州生まれ)のクリングシュポール博物館での展覧会のオープニングパーティーに行ったと書かれていて、ああ、こうして、つながるべきものが、つながっていくんだなあと、感心した。アン・サンスのハングルという文字に深く定位した画期的なデザインをめぐって以前少し記録したことを思い出していた(「血まみれの妖精:近くて遠いハングル」「ジョン・ケージの「楽譜」を鏡にして:ハングルの音楽性と平仮名の音楽性」)。

では、書体 Shuriken Boy のデザイナーとして知られるヨアヒムさん(Joachim Müller-Lancé, born 1961)と訪れた美術館 Museum fuer Angewandte Kunst での日本のマンガの歴史展「Mangamania, Comic-Kultur in Japan 1800 bis 2008」のエピソードが面白かった。展覧会入り口に日本漫画の歴史の概要が横書きの日本語で書かれた垂れ幕が下がっている(写真あり)。それを見た小林さんはやっぱり「それ」を見逃さずに「改行の位置とか変」と書いている。

母の日に「ドイツでは子供たちがその日の朝にお母さんの朝食を用意することになっている」という。そんなことになっていることもさることながら、「朝食」というところに心が揺れた。小林さんは息子さんたちよりも早起きして、こともなげにパンを焼いている。まだ幼い息子さんたちはコーヒーの入れ方をお父さんに習ったり、ジャムやバターをテーブルに並べたりしている。全部整ったところで、奥さんが起きて来る。笑顔が目に見えるようだ。朝日も射し込んで明るい食堂のテーブルに並んだ焼き立てのパン、バターやジャム、入れたてのコーヒーから立ち上る湯気、奥さんの笑顔。「うっかりして写真を撮るのを忘れた...」とあるが、文章が写真以上にその光景を写していた。