美しい薔薇には棘がある

札幌、曇り。藻岩山は今日も雲に隠れていた(→ Mt. Moiwa, July 20th, 2008)。


ぱんぱんに膨れたキキョウ(桔梗, Balloon flower, Platycodon grandiflorum)。花脈が生々しい。


スベリヒユ(滑莧, Pigweed, Portulaca oleracea)の「坪庭」に小便をかけようとした風太郎を制止したところ。でも、肥料になるか。


美しい薔薇だが、


棘がある。棘があるから一層美しい? 

随分前に、私がまだ三十代の子どもだった頃に*1、ある授業の課題で学生たちに作ってもらった作品のなかに、「これはお世話になった先生をイメージして作った作品です」と言われた作品があった。全身に衝撃が走った。ショックだった。まるで、トゲトゲ星人だった。楽しい思い出である。でもあれから随分たって、私は棘を隠す術を少しは覚えたのだろうか。それともまだトゲトゲ星人なのだろうか。自分のことはよく分からない。それを知らせてくれるのが他人だ。他人は自分の鏡。できるだけ多くの鏡に自分を写してみること。乱舞するイメージ群の彼方に自分の理想の姿が見えるかも/見えないかも。

*1:三十代が子ども時代であることを教わったのは詩人の吉増剛造さんからだった。その頃三十代だった私はドキリとしたが、今ではいくつになってもある意味で子ども時代を生きていなければイケてないと思っている。ねえ、吉増先生?