私の夏の夜の枕頭書の一冊はアストゥリアスの『グアテマラ伝説集』である。
ポール・ヴァレリーが「ナポレオン法典」を補完する「グアテマラの霊薬」と呼んだその仏訳に寄せた「序文」でも知られる「夢の化生」のような書物。
その冒頭の「グアテマラ」は次のような一文で始まる。
今日はこの峠を越え、明日はあの峠を通って、荷車が町にやってくる。(15頁)
これだけで失われた「世界」がブォーンと目の前に立ち上がり始める。凄い。いつも布団のなかで私はこの一文から先に進む前に素敵な「荷車」に揺られるようにしてこの世の「峠」を超えて気持ちのよい眠りにつく。
「そんなどうでもいいこと書いてないで、ちゃんと仕事してくださいよ。11日ですよ、締め切りは。」Tさんの声が聴こえた気がした。はい、はい。もうほとんど出来てますから、ご心配なく。