旅の報告14:幸運の借金

旅の三日目、知床から裏摩周まで道東を時計回りにぐるりと一周して網走に戻った頃には、西の空は夕焼けに染まりはじめていた。普段の行いの悪さにもかかわらず、この三日間は晴天続きだった。「これは奇蹟だ」と皮肉られた。幸運を借金しているようで怖かった。最後の夜は、Y夫妻お薦めの「月」という名前のお洒落な回転寿司屋「鮨ダイニング 月 tsu-ki」で空腹を満たした。なんでも、長年英国で寿司を握っていた男が始めた店らしい。イカ好きの私はイカイカイカ、、とイカばかり注文して、いくらなんでも、イカしか食べないのは、イカがなものか、と皆から顰蹙をかいつつも、新鮮なイカと絶妙な握り具合のシャリを心行くまで堪能した。その後、満腹の一行は近所の洋品店を素見し、アメリカ風のスーパーで酒の肴を仕入れて、Y家に戻り、夜が更けるまで飲み続けた。




翌朝、Y氏の案内で近所のよく整備された大きな森「こまば木のひろば」を散策した。人に慣れたエゾリス蝦夷栗鼠, Eurasian squirrel or Red squirrel, Scriurus vulgaris orientis)が餌を求めて次々と近寄ってきた。一匹はY氏の片脚にすがりついておねだりしていた。この森はオホーツク海に面した崖の上に広がっていて、崖の下には国道244号線とJR釧網線が並行している。森の隙間からオホーツク海を見納めることができた。Y夫人の心のこもった朝食をいただいてから、二日間すっかりお世話になったY家を後にした。深謝! われわれは一路室蘭市に向かった。墓参りをかねて妻の母の家に行くためである。



途中、大空町の道の駅「メルヘンの丘めまんべつ」売店でしか手に入らないという美味絶品の「サクラ豚ジンギスカン」を義理の母のお土産に二袋購入した。これはY家一日目の夕食の一品として初めて口にしてその美味さに家族一同唸った品だった。用途不明の「干しカレイ」が心の琴線に触れたが、買いそびれた。そして道の駅からそう遠くない同じ大空町内の「北海道産小麦のパンの店 ブランジェアンジュ」にも立ち寄って、数種のラスクを買った。これらもまたY家で初めて口にして非常に気に入ったものだった。





大空町の道の駅のトイレで大空町のパンフレットと並んで置かれていた無料冊子が目にとまった。日本野鳥の会が発行する「Toriino(トリーノ)」(vol.11, 2009 Summer)だった。知らなかった。開いてみて驚いた。「方之自然體無去住(これをはなてばじねんなりたいにきょじゅうなし」(三祖僧璨)の解釈に基づいた「無為自然の生き方」を訴える序文から始まり、今号は「自然が織り成す4つの楽章」をテーマにした「彩・憶・流・響」の4章から構成され、「流の章」には藤原新也の写真と文が掲載されていた。三宅島近海で船上から撮影した親子四羽のカンムリウミスズメの写真とその写真を撮るに至った経緯を綴った「大海の彼方のあるやなしやの小さきもの」と題した文章である。日本野鳥の会のAさん(本誌編集長)に誘われたのが撮影のきっかけであったと書かれている。カンムリウミスズメ(冠海雀, Japanese Murrelet, Synthliboramphus wumizusume)は国の天然記念物かつ日本の数カ所にしか棲息しない絶滅危惧種である。滅多に出会えるものではない。しかも、藤原新也は海で子供の個体が確認されたのは十五年ぶりという貴重な体験を記録することにもなった。思いがけない場所で「藤原新也」に出会い、その写真と文章を通して、カンムリウミスズメの親子に出会うことができた。幸運の借金がまた増えたな、、。


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