行けるところまで行け、ここが正念場だ

2年生の佐々木君は、来るなり、複数の証券会社をリストアップしたA4判の紙2枚を私に見せてくれながら、リストアップした条件、リストアップした会社の特徴、そしてできるならここで働きたいという会社について語り、今から身につけておくべき事は何かについて質問してきた。よしよし、しかし、な、というわけで、彼の動きをかなり高く評価しつつも、本末転倒の活動にならないように、話を進めるうちに、いつものことながら、話題は多岐にわたり、話の途中で遠くチャイムの音が聞こえていたが、一区切りつくまで話し続けた。三上ゼミでは、まだ2年生、という常識は通用しない、1年生のときから、入学した時から、本質的な「シューカツ」(就職活動)は始まっているんだぞ、分かっているか、と私に囁き続けられている(学生の間ではミカミ先生の「悪魔の囁き」と評判が悪いが)。とはいえ、2年生のうちから自覚的に実際に動き出す学生はほとんどいない。佐々木君は3、4年生に混じって企業の説明会などにも顔を出すつもりでいるという、例外的少数派である。それも悪くないが、しかし、もっともっと地に足つけて、腹を括って、学べ! と私には言われるほどだ。佐々木君は、一方では、デイトレードシステムトレードに関する専門的な勉強、金融全般に関する勉強、いくつかの資格取得のための勉強、将来中国に行くときのための中国語の勉強、テニス部の練習や試合、夜のアルバイトを粛々とこなしつつ、もう一方では、もちろん、正規の講義や演習には欠かさず出席し、節約のために昼飯は弁当を持ってきて図書館で食べる。ついでに図書館では、世間全般、分け隔てなく、人間の営み全般に関心を払え、という私のアドバイスもあり、新聞各紙に目を通す。この三上ゼミのような変な演習にも欠かさず出席しては、哲学、芸術、現代思想の話にも大きな興味を示す。正直、いっぱいいっぱいですけど、充実してます、と本人は爽やかな笑顔で語る。まあ、行けるところまで行け、佐々木。俺はちゃんと見てるぞ。


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将来、情報技術関係の起業を目指す3年生の矢野君は、1年生のころから大学外に目を向け、他大学の学生らと協同して社会的に必要とされるような各種サービスのアイデアを出し合い、それらを実現しようとする経験を積んできた。現在は、本人もプログラムの勉強をしながら、ある具体的な形のサービスの実現に向けて少人数のグループのまとめ役、牽引役としても活躍している。かれもまた例外的少数派の学生のひとりである。そんな矢野君は最近「組織」運営の難しさに直面し、悩んでいる、と告白した。しかしながら、私はもちろん、井戸君や石上君からも、その悩み方間違ってない?という鋭い突っ込みをはじめとして、親切な指摘や暖かい助言をたくさん得た矢野君は、「組織」を云々する以前の、個々の他人との間のコミュニケーションの壁にぶつかっていることに気づかされることになった。豊富なアイデアと抜群の行動力を備える矢野君だが、思わぬ所に落とし穴があったというわけだ。しかし、勘のいい彼はそんなハードルもきっと飛び越えてくれることだろう。場数を踏めば誰でもそこそこ雄弁にはなれるが、それだけでは他人はついてこない。より深く話せるようになるために、他人の話をもっともっと深く聞くことができるようになれ。話すより、聞け。ここが正念場だ、矢野。


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というわけで、エラそうに書いているが、彼ら学生に語ることの大半は実は自分自身に言い聞かせていることでもあるのだった。