時代の巡り合わせ


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1994年に出版された本書『日本の原像を求めて』について、『ブーヴィエの世界』(2007年6月、みすず書房asin:462207298X)の「訳者あとがき」の中で、高橋啓氏は当時を振り返って次のように語っている。

 訳者は今から十年以上前にニコラ・ブーヴィエの作品を翻訳紹介したが(『日本の原像を求めて』草思社、1994年)、この作家の魅力が日本で広く知られるまでにはいたらなかった。その理由は訳者の力不足もさることながら、この作家の資質を紹介するには一作では不十分であったからだろうと、今では考えている。(『ブーヴィエの世界』314頁)


なるほど。しかし、バブル経済崩壊後、「空白の十年」の時期の日本にはまだ受け皿がなかったのかもしれない。時代の巡り合わせ?



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『ブーヴィエの世界』が出版されたのは2007年6月。同年の10月に発行されたこの『Coyote No.22』(November 2007)ではニコラ・ブーヴィエ特集が組まれた。そこに「唯一無二の旅行記」と題した鹿島茂によるブーヴィエの旅行記の魅力の核心に迫る興味深いエッセイが収録されている。

鹿島茂によれば、ブーヴィエの旅行記の魅力はその比類なき「爽快さ」にあり、その爽快さはブーヴィエその人の「個性」によるところが大きく、その個性は、司馬遼太郎開高健のようにすでに出来上がった強烈な個性がそのままの形で移動するのとは反対に、旅先の土地や現地の人々との接触を通じて「生成される」と主張する。決して固定せず、絶えず揺らぎの中にあるような、あるいは揺らぎそのもののような個性であると敷衍できそうだ。そしてそれはブーヴィエの旅=異文化体験における「受容」の深さを物語っているのではないかと鹿島茂は推測し、次のように結論している。

 異文化体験が時代のテーマとなっている昨今、ようやく、ブーヴィエが読まれるときが到来したようである。(35頁)


時代の巡り合わせ? なるほど。ただし、異文化の深い受容は、時代を越えた火急の課題であるはずだ。