赤いペチュニア

二人はまるで別世界から忽然と私の前に現われて、そしてまたそこに消えて行くかのようだ。今朝もまた二人を見かけた。三度目だ。サフラン公園の東屋の日陰で二人は静かに休んでいた。買い物帰りのようだった。私は異常な暑さを話題にしたが、二人にはそれほど暑く感じられていないようだった。二人はなぜか涼しげに見えた。風が吹いてきたわ。だが、私には風は感じられなかった。彼女は写真のお礼を重ねて言った。居間に飾ってあるのよ。いい記念になったわ。それにしても不思議な縁ねえ。私、新京にいたのよ。新京はご存知? 今の長春ですね。そう、そう。21歳までいたの。14歳のときから。父が政府高官で派遣されたの。大きな家だったわ。将校たちが大勢出入りしていたわ。彼女は牡丹江高等女学校を卒業した。「サザエ食品」の会長である野村とみさんと同級生だった。室蘭に引き揚げ後は、丸井今井に勤めた。私が室蘭に生まれ育ったことも彼女にとっては「不思議な縁」である。その室蘭店が今年の初めに閉店したことを彼女はいたく嘆いていた。主人は陸軍中尉だったの。ノモンハンに出征して、捕虜になったのよ。それは大変な体験をなさいましたね。ご主人はそれには応じず、私の大連行きの目的について尋ねた。大連が拠点ですか? と彼は意味ありげに聞いた。そういうわけではありません。各地の大学と協定を結んでいます。なるほど、そうですか。ご主人が手にした買い物袋から赤い花がのぞいていた。綺麗ですね。私、花が好きなの。ご主人が微笑んだ。僕もこうして気違いみたいに花を撮って歩いてます。長い冬があるからでしょうか。そろそろ行きましょうか。そうだな。またお会いできるといいわ。そうですね。赤いペチュニアを間に挟んで二人は明るい陽射しの中を歩いて行った。ふと「静かな生活」という言葉が浮んだ。