1955年のマルグリット・デュラスの肖像


ロベール・ドアノーマルグリット・デュラス、サン・ブノア通り、1955年2月」


ドアノー写真集 パリ遊歩―1932-1982

ドアノー写真集 パリ遊歩―1932-1982


半世紀にわたるパリの素顔の記録ともいうべき『ドアノー写真集 パリ遊歩 1932−1982』に収められた600枚を越える写真には少数の芸術家や作家をふくめて大勢の市井の人々が写っている。そのなかでマルグリット・デュラスの写真は異彩を放っている。その人がすでに作家としての地位を確立したといわれる時期のマルグリット・デュラスであることを忘れさせると同時に、そこがパリであることも忘れさせてしまうような、表情とは言えない恐ろしく穏やかな表情とこの世のどこも見ていない死人のような眼差しが非常に印象的な写真である。稀有なポートレイトでもあると思う。

41歳のあなたは2月のパリで厚手のコートに身を包み
あなたに向けられたカメラからわずかに視線を逸らし
虚ろな眼差しをどこかに向けている
しかしあなたは途方に暮れているようには見えない
あなたの眼差しによって
パリの方が途方に暮れているように見える
その瞬間をドアノーは撮った
あなたのなかではずっとアジアという名の嵐が吹き荒れていることを
それが着実にあなたの顔を内側から破壊し続けていたことを
あなたはすでに19歳のときにはっきりと知り、
「お若かったときよりもいまのほうが、ずっとお美しいと思っています。若いころのお顔よりいまの顔のほうが私は好きです。嵐の通りすぎたそのお顔のほうが」と、ひとりの男に言わせ、「私は破壊された顔をしている」と70歳のときに書くことになる(『愛人』)。