塩釜のカモメ



塩釜の海岸。北海道様似郡様似町字鵜苫。2011年9月1日撮影。


「塩釜」という地名が目に飛び込んできて思わずあたりを見廻していた。それらしい痕跡は当然のごとく見当たらなかった。一羽のカモメが目の前を横切った。震災で大きな被害を受けた宮城県塩竃市は古くから製塩の地として栄えたという記述をどこかで読んだことを思い出した。この様似(さまに)町の鵜苫(うとま)でもかつて製塩が行われていたに違いないが、詳しい資料はまだ見つけられずにいる。道南の津軽海峡に面した福島町にも塩釜という土地がある。こちらの塩釜に関しては「福島町史通説編上巻」に製塩に関する記述が多数見られる。

様似 さまに

 川名、郡名、町名。様似は早くから名のあった処で、今の市街地は様似川東岸の静かな街である。秦檍麻呂地名考は「名義未詳。一に曰く、シヤマニといへる女夷ありしより地名となれりと」と書き、上原熊次郎地名考も「故事相分らず」と書いた。意味が全く忘れられた地名らしい。
 次の時代の松浦氏東蝦夷日誌は「(一)河獺(かわうそ)の大なるが上りしといふ義。(二)又本名シヤンマニにしてシャンは高山、マニはオマニにして在る。高山有処と云義か。(三)一説、女が此処より彼方に游ぎしと云故事もあるよし」と書いた。何かぴんと来ない。
 永田地名解は「原名エサマニ(esaman-i)獺処の義。またエサマン・ペッとも云ふ。獺・川の義」と書き、爾来エサマンペッ説が書かれるようになった。語頭のエが気にかかるのであった。
 音だけでいえば、サマニ「saman-i 横になっている・もの(川)」と聞こえる。この川の川尻が海に向かって横に流れている姿を呼んだものかとも考えた。


鵜苫 うとま

 様似町西境の川の名、地名。上原熊次郎地名考に「ウトマンベツ。夷語ウトゥマンベツなり。則抱き合ふ川を訳す。此ウトマンベツ山とポルベツ(幌別)山と並び合ふてある故地名になすといふ」とあり、永田地名解は「ウトゥムアンペッ。合川幌別の古川と合流するを以て名く」と書いた。この両川の間には今でも古川跡が残っている。utuman-pet(抱きあう・川)の意で、時に合流していたことをいっているのであった。

  山田秀三『北海道の地名』北海道新聞社、1984年、342頁