長谷川四郎(1909–1987)の描いた一枚のキリンの絵に釘付けになっていた。本書に収められた「長谷川四郎の絵1ダース」と題された12枚の絵のうちの8枚目である。題名も説明もない。こちらに背(正確には長い首から上)を向けたキリンの絵。胴体は横を向いている。捩じれた姿勢。細く震える線で描かれた一見稚拙とも見えるキリンと周囲の雲らしき小さな六つの輪の希薄な存在感。キリンの尻尾らしき線は波打って画面右端からはみ出している。そして、それらとは対照的な、墨だろうか水彩だろうか、モノクロ写真なので色は分らないが、黒っぽくざらついた地面とキリンの頭上すれすれに意味あり気に浮かぶ淡い斑模様の大きな塊の妙に生々しい存在感。その宙に浮く塊はキリンの言葉にならない異様な思いを描いた吹き出しのようにも見える。背の高いキリンの高所にある目は向こう側にいったい何を見ているのだろうか。そしてそんなキリンを背後から見上げる目はいったい何を見ているのだろうか。脱走しようとする自分の姿?
シベリヤから戻った父・長谷川四郎はある時期までいつもこちらに背を向けてりんご箱の机でものを書いていたと長谷川元吉は述懐している。(つづく)