水の駅で





先日、洞爺湖の北岸に位置する「道の駅」ならぬ「水の駅」に立ち寄った時、思いがけない出会いがあった。駐車場から建物に向かう途中で、ギターの伴奏に合わて歌う可愛らしい声が聞こえてきたのである。歌声の主は、姉弟とおぼしき仲の良さそうな幼い二人だった。五、六歳だろうか。道路をはさんで水の駅の向かいにある古民家を改装した店の前におかれた木のベンチに腰掛けていた。体よりも大きく見えるギターを抱えた弟は右手でちゃんとコード進行に合わせて弦を押さえていた。二人が歌っていたのは、なんと「ダニー・ボーイ」(← 「ロンドンデリーの歌」)である。思わず聞き入り、歌い終わるのを待って拍手をした。姉の方がこちらに笑顔を向けた。二人と私の間に束の間の音楽の時間が流れた。「アンコール!」と声をかけたが、意味が通じなかったせいか、相手にされなかった。(もっと歌声が聞けるかもしれない)。急いで小用を済ませて駐車場に戻ったが、二人の姿はすでになかった。水の駅の建物を通り抜けて、湖畔に出た。桟橋の欄干でカモメが羽を休めていた。遠くから幼い歓声が聞こえた。あの二人が狭い砂浜の波打ち際で遊んでいるのが小さく見えた。しばらくすると、二人は何やら声を上げながら、こちらに向かって走ってきた。砂浜にいたカルガモの家族が一斉に水に入るのが見えた。駐車場に戻ると、今度はハンチングをかぶりエプロンをした若者が、店の前でうつむいてギターを弾いていた。歌声は聞こえなかった。知らない曲だった。あの幼い姉弟の父親のような気がして、すさみがちな気分がなごんだ。彼はうつむいたまま演奏しつづけていた。声をかけそこなった。後で調べてみたら、その店は「ラムヤート」という風変わりな名前のパン屋だった。「ラムヤート」は「洞爺村(トーヤムラ)」の逆さ読みである。


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