麻町食堂、福乃湯、荘久庵

「雨垂れ香具師」(2011年1月)と題した非常に味わい深い文章のなかで、飴細工師の坂入尚文さんは、富良野市の麻町での体験について次のように書いている。

 地図で見ると駅裏には東西南北を頭に置いた麻町という四つの地名があり、学校もある。
 麻町という地名は戦時中軍の物資の生産に由来しているのであろうと推測して、それならば古い町と踏んだ。それが当っている。
 映画『北の国から』以降、駅前の古い町を再開発して、観光用にのっぺりとした町に作り変えたのに比べれば、鉄道の地下道を潜り抜けると古い低所得者用の長屋団地が広がり、その向うは見渡す限り畑。長屋団地に面した道路には食堂、そしてその裏手に銭湯が残っている。独身者流れ者にはピッタリの町ではないか。
 銭湯は入ると三百円。今時四百八十円が当り前の時代に半値近い。酒場の店主はちっこ屋のばばと同じ位の年代でやはりばば。薄暗い店内では肉体労働者か、三、四人の男たちが飲んだくれている。
 高市中の野菜不足に飢えた私はこの店では値の高い八百円の八宝菜を注文した。味の不足は南蛮と醤油があれば済む。湯上りに冷や酒コップに三杯も飲めば綿のような疲れがあり、飲んだくれたちとの付き合いもそこそこにトラックの万年床にもぐり込む。
 銭湯と安食堂。旅先では願ってもないこれは、生き残った一時代のおまけ。そのまま寝込むと明け方近くに激しい雨がトラックの天井を叩いた。仕方なしに又口を付けた酒にふと、前回ケロイドの極道のことを思い出す。
 極道にはたとえラーメンを食いたくとも寿司や焼肉を食わなくてはならない見栄がある。刺青があれば銭湯にも入ることができない。すると極道はテキヤを雨垂れ香具師と蔑んだ。
 そうか。私は雨垂れ香具師。フロントグラスに蠢く血管のような雨。それを見ながら夜明け前の残り酒を飲み干す。


先日、自家用車で富良野市を通りかかった折に、踏切を渡って駅裏に直行し、麻町に寄り道した。坂入尚文さんが語るように東西南北に分かれた麻町を車でゆっくりと流した。一通り見て回ったが、どこにでもありそうな新興住宅地にしか見えなかった。目を引いたのは、鈴懸(プラタナス)の巨木が目立つ人っ子一人いない寂れた公園ぐらいだった。公園の名前はどこにも記されていなかった。坂入尚文さんの語る長屋団地も銭湯も安食堂もありそうになかった。もう廃業し、建物も取り壊されてしまったのだろう。それはそれで仕方のないことだ、と諦めかけたとき、住宅街とは明らかに違う古い空気の流れる通りに出た。その角にたつ木造モルタルの建物に「登鶴 麻町食堂」と書かれた捩じれた看板が見えた。麻町食堂! ここに違いないと思った。すぐ近くに「福乃湯」という銭湯も見つかった。日曜日の午後2時過ぎだった。どちらも営業中ではなかった。確かなことは分からないが、まだなんとなく現役の気配が漂っているような気がしてホッとした。



名も知れぬ公園のプラタナス(紅葉葉鈴懸の木, London plane, Platanus × acerifolia




麻町食堂



福乃湯


土地勘が働きだしたのか、駅前に戻ってからも、ふとある裏通りに吸い込まれるように入ると、懐かしい建物に立てつづけに出会うことができた。なかでも「荘久庵」という下宿には何とも言えない愛着をおぼえた。生き別れた旧友と邂逅したような気持ちになった。抱きしめたくなった。目の前を小川が流れ、玄関の上がり口には黒白の猫が横たわっていた。今からでもこういう下宿に暮らしてみたいと思うほどだった。






下宿 荘久庵 かやはら


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