澄川駅で












今日は自家用車が使えない事情があって、めずらしくバスと地下鉄を乗り継いで通勤した。帰宅途中に地下鉄澄川駅傍の古本セカンズに立ち寄った。店に入ってすぐのことだった。カウンター前に無造作に置かれた段ボール箱から<三つの眼>がこちらを見ているのにハッと気づいた。木村伊兵衛を特集した『太陽』(1998年7月号)の表紙だった。手に取ってパラパラと捲ってみると、「泉鏡花と里見弴」(1938年)をはじめとして面白い写真が多数掲載されていたので買うことにした。店奧の写真集の棚に近づくと、大判のロラン・バルトの『エッフェル塔』(みすず書房、1991年)と石元泰博の『シカゴ、シカゴ その2』(キャノン、1983年)の背表紙が眼に飛び込んで来た。前者にはアンドレマルタンによるド迫力の写真が多数掲載され、後者には私の好きな凍てついた車の写真が何枚も載っていた。迷わず買うことにした。三冊を抱えて、古本屋の裏手にある喫茶店チャタムに入り、ブレンドコーヒーを飲みながら、三冊に一通り眼を通した。思いがけない至福の時が過ぎていった。その間、隣の席で四人の小母さんが夫に死なれた後の生活や晩ご飯のおかずについて延々と話し続けているのが断片的に耳に入って来た。「さっき買ったギョーザ、冷めちゃったわ」という声とともに小母さんたちは店を出ていった。日没まではまだ少し時間があった。地下鉄の線路が外光を反射していた。


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石元泰博と言えば、今年の2月7日、厳寒の釧路に滞在中に新聞で訃報を目にしたのだった。