黄昏の劇場


バタバタバタ、ステテコにランニングシャツ姿、サンダル履きの小父さんが私の左脇を走り抜けて行った。黄昏時、仕事を終え、職場から最寄りの地下鉄澄川駅に向かう緩やかにカーブし、わずかに下る道路の歩道を、いつもの癖で異国の見知らぬ町でも歩くような気分できょろきょろしながらちんたらちんたらと歩いているときだった。「あの小父さん、一体、何をあんなに急いでいたのだろう?」 一瞬色んな想像が頭を掠めたが、すぐにすべて忘れて、またきょろきょろちんたらちんたら歩きつづけた。しばらく行くと、その小父さんが歩道のど真ん中でこちらを向いて通せんぼしているではないか。「な、なにごとか?」 しかも小父さんの右手は黒いリュックサックを背負い、黒いボストンバッグを持った小母さんの左腕を掴まえている。小父さんの表情はこわばっていた。その口は小さく開け閉めされていたが、声はまだ聞き取れなかった。私は歩きつづけていたので、二人にどんどん近づいて行く。小父さんは歩道のど真ん中の位置から動こうとはしない。奥さんらしき小母さんは歩道の端っこに寄って、小父さんの右手を振りほどこうとしているように見えた。小父さんの左脇を歩道から車道にはみ出しそうになりながら、擦り抜けようとしたとき、「いや、、、」という奥さんらしき小母さんの声が聞こえた。私はそのまま振り向かずに歩きつづけた。その後二人がどうなったかは知らない。