楼月庵にて

いったいどこで何をしてたの?愛想を尽かした顔で女は訊ねた。きちんと説明できるはずなのに、頭に浮かぶ言葉はどれも下手な言い訳じみて聞こえるような気がしたせいで男は口ごもってしまった。しょうがないわね。ローゲツアンにでも行きましょう。お腹が空いたわ。ローゲツアン?男はその音の連なりに聞き覚えがなかった。女は男の躊躇う様子に構わず歩き出した。無機質な迷路のような細い道を辿って着いた先には確かに「楼月庵」と書かれた看板が見えた。通された広間に無数に並んだ座卓には数組の家族と思しき先客がいたが、誰一人男に目をやる者はなかった。男が席に着くと、子猫が左脇から現れて食膳の上に乗ろうとして左前足をかけた。困ったもんだなあ。子猫の動きを左手で制しながら、右側を見ると女の姿はなかった。全面ガラス張りの壁の向こうには緩やかに湾曲した砂浜が眼下に広がり、ここが微かに見覚えのある高台にあることが窺えた。