情報の編集

受講生の皆さん、こんばんは。今日2回目の授業はやや散弾銃のような印象をもった人もいたようですが、内容としては次の3点が柱でした。
1)ウェブサイト「三上研究室」と「三上のブログ」の利用法
2)紙資料の活用法
3)情報文化論の入り口への案内

3)に関しては、配布した資料にも、ウェブサイトの方にもポイントが書かれていますから一度ちゃんと目を通しておいてください。今日の授業では資料に書かれていることを反復することは避けて、なるべく身近な例をあげながら「情報の編集」の大切さを説いたつもりでした。感想文を読んだ限りでは、おおむね好評でしたが、中には「難しい」「もっと整理してほしかった」等の要望もありました。確かに、伝えたい内容が多すぎたために、言葉不足のまま駆け抜けた箇所がありました。反省しています。それこそ「編集不足」でした。しかし、情報が予想を遥かに超えて、生命の起源、宇宙創世にまで遡りうる来歴を持つ、と同時にあらゆる物事が情報の発信源になりうることに、新鮮な興味関心を抱いた人も多かったようでした。そして一番ハッとさせられた感想は、先生は「高所」から語っている、という指摘でした。そんなことは決してないのですが、そう受け取られたのには必ず原因があるはずで、おそらく知らず知らずのうちに、「教えてやる」という偉そうな気持ちが口調や態度に出ていたのだろうと思います。これはかなり本質的な問題です。というのは、皆さんはこの授業にもっと期待すべきことがあるはずだと前日記に書きました。つまり、単なる知識の伝授や他人の生き様の紹介にとどまらず、私自身の生き方や生き様を経験に裏打ちされた言葉で対等に語ってほしい、と皆さんは私に要求すべきだと。もちろん、いつもそう心がけているのですが、知識の伝授もバカにできない理由がありますから、両者をうまく編集しながらやっていくつもりです。言うまでもなく、私の失敗、編集不足からも学んでください。

次回は今日の不足を補いながら、情報文化論がカバーする広大な領域の全体像をつかんでもらう計画です。お楽しみに。そうそう、「憂鬱」を「熱狂」にではなく、「官能」に変える作法についても紹介します。質問等いつでも気軽にコメントしてください。