アメリカに渡る理由:特別ゲスト増井雄一郎さん

今日は別件で来訪することになっていた増井雄一郎さんをそそのかして、急遽、講義の特別ゲストとして登場してもらい、ゲリラ的に特別講義を行った。彼は喜んでその企画に加担してくれた。ウェブ進化と個人の進化をめぐる対話形式の講義。楽しかった。なにより対話がスリリングで刺激的で、驚くほど色んな発見があった。自分だけで考えても答えの出なかった問題に答えが出たり、思わぬ道が拓けたりした。学生たちにとっても色んな意味で刺激的だったに違いない。

細かい打ち合わせは無し。お互いにほとんどアドリブ。でも、増井さんは、今までやって来たこと、現在やっていること、これからやりたいこと、アメリカに渡ることになったいきさつなど、後輩たちにしゃべりたいことが一杯あり、私は私で、昨日書いたような問題意識の他、増井さんに訊きたいことが一杯あった。特に、彼のやっていることが、これから社会に出る学生たちにも、決して無縁ではないこと、それどころか、眼から鱗が落ちるような将来の展望につながるんだよ、ということを是非とも伝えたかった。


これまでの講義内容とのつながりを説明し、インターネットにおける「情報革命」、ウェブの新しい動向のイメージを梅田望夫著『ウェブ進化論』で定着したネットの「こちら側/あちら側」という区別を使って大雑把につかんでもらった後、まさにネットの「あちら側」で四六時中生活しているような増井さんにマイクを渡した。彼は自分の私生活の有り様をさらけ出しながら、いままでやってきた仕事の中からいくつかをとりあげて、「パソコン+インターネット」にあまり縁のない生活をしているいわゆる「ケータイ族」が多い学生たちに、非常に分かりやすく解説してくれた。

ブログに掲示板を併設できるサービス「CHOBI」を解説する増井さん。

「10分で作るRailsアプリfor Windows」を解説する増井さん(が写っていない、ごめん)。
それに私が適宜突っ込みを入れる。すると、間髪を入れずに、増井さんは予想を超える応答をする。そこに、かならず思わぬキーワードが潜んでいることを私は発見する。それを学生たちに敷衍する。そんなサイクルが面白いほどどんどん回った。Web 2.0をはじめとして、PikiWiki(PukiWikiが正しい!)、pingwing(PingKingが正しい!)、AjaxRuby on Railsオープンソース等々とそれだけ聞けば、学生たちにとっては初めて聞くかもしれない言葉がポンポン飛び出す話題の連続だったが、それらのすべてにおいて、楽しく、生き生きと、ワクワクしながら生きるにはどうしたらよいか、幸運を引き寄せるにはどうしたらよいか、といった人生観、世界観にまで届く対話だった。

「パソコン+インターネット」によって格段に大きくなる「知ることや考えることの喜び」をビジネスに繋げるにはどうしたらよいか。そんな話題を巡っていたときだった。増井さんは過去の色々な体験を引き合いに出しながら、私のツッコミに応答してくれた。そのなかに「信頼」というキーワードが登場した。これだ、と私は思った。それは、結果的に信頼されるようになることの大きなメリットのために、自らリスクを冒して姿の見えない相手を信頼することである。他方では、日本では未だにネットの負の側面を強調する風潮、梅田望夫さんもかねがね嘆いている論調がある。増井さんも、たしかにネットのそういう面を否定はしなかったし、痛い経験、嫌な思いを味わったことがなかったわけではないが、しかし結局は「信頼」が勝って、現在の彼があることは明らかだった。

私が昨晩記録しておいた「Web 2.0の本質」とは何かに対する増井さんの回答はシンプルだった。「便利」。ただし、この便利さは現実世界の便利さとは異質な便利さである。まだまだ使い勝手の悪い「パソコン+インターネット」という道具を少しでも使い勝手のよいものにする工夫によって、「知ることや考えることの喜び」を増進するような便利さのことである。知的生産性の向上ってところ。例えば、現在開発中のあるウェブ・アプリケーションは、気に入ったウェブページをブックマークするかわりに、それに「メモ」をタグのように付けることができる優れものである。しかもその記録を一覧できる。

ネットに関わることは、例えばブログをやることも、誰に見られているか分からない世界に自分をさらけ出すことである。そこにリスクやトラブルはつきものだ。それ故にネットを敬遠するか、それとも、その「誰」、つまり姿の見えない不特定多数を信頼するか。すなわち、あなたの一生を良い意味で左右するかもしれない出来事が起るチャンスに賭けるか。不信か信頼か。どちらが、「創造的な生き方」につながるか。

講義の終わった後も、研究室で増井さんのベストパートナーのカナさん(彼女も情報系のエンジニア)も交えて話は多岐に渡り弾んだ。その後、二人を近くの庶民的フレンチのお店『香味亭』に晩飯に誘い、そこでも話題はアメリカ談義にまで及び弾み続けた。二人と別れたのは午後8時近かった。6時間くらいノンストップでしゃべり続けた。

単に好きじゃだめで、好きになり切ることですかね。

という彼の言葉が印象的だった。

実際、彼の話を聞いていると、好きなことを徹底的にやり抜くことが結果的に仕事に結びついているのだった。こういうものがあれば便利、自分も楽しい、面白いし、使ってくれる人もそうなはず、と思えるものを彼は次から次へと作ってきた。そして日本にいてできることの限界を彼は身を以て知った。増井さんは根っから「パソコン+インターネット」というツール&環境を愛していて、それを少しでも良くしたいんだなあということを私は大きな感激とともに知ることができた。彼はその精神を今よりもさらに自由に発揮できる場所を求めてアメリカに渡る。必然!

特別講義終了後、年季の入ったスウェーデンバックパックの思い出を語る増井さん。