Snowball Fight:365Films by Jonas Mekas

ジョナス・メカスによる365日映画、50日目。


Day 50: Jonas Mekas

Monday February. 19th, 2007
4 min. 47 sec.

It's snowing, it's
all white in Lithu-
ania, in the village
I was born and which
is no longer there
as I put my ear close
to earth and listen
to it on the spot
I was born.

雪が降る中、
真っ白なリトアニア
今はもうない私が生まれた村で
大地に耳を近づけ
私が生まれた場所に
耳を澄ます。

リトアニア語、一部英語字幕。年月日は不明。メカスの風貌、老け具合から見て、おそらく比較的最近。

故郷リトアニアの根雪が広がる大地のある場所めがけて、メカスは転がり込んで、横たわる。「私はここで生まれた」。根雪を通して大地に耳を近づけるメカス。雪玉を作り、カメラマンに向かって投げ興じるメカス。まさか、故郷の雪景色の中で雪合戦をするメカスの姿を見ることになろうとは。いうまでもなく、メカスの故郷は国家にではなくあくまで大地にある。

リトアニア語は私が昔習ったロシア語に響きがそっくりだ。英語を話すメカスとは違うメカスがそこにいる。「人は母語のなかでしかちゃんと育っていかない」という彼の言葉を思い出す。彼にとって英語はサバイブするためのひとつの手段だった。でも魂を英語には譲り渡さなかった。意地でも英語がぺらぺら話せるようになんかならなかった。それが彼の独特の訛りの強い震えるような「英語」だ。リトアニア語に侵犯される英語。悲鳴をあげる英語。内破される英語。

今日のフィルムではメカスはリトアニア語しか話していないが、きしみや摩擦だらけの英語を話すメカスの声を聴いていると、声は言語の「手前にある」と強く感じる。そして、言語を手前に置いてしまうと、人は大きく誤る。声と筆跡にその人の真実は隠しようもなく露わになっている。などとついつい変なことを考えてしまう。

ところで、私は特定の土地への強いこだわりはないと以前書いた。しかし、ただ忘れているだけなのかもしれない。当然もう家もなく町並みもすっかり変わったけれど、住所は知っている自分が生まれた場所の記憶を辿る旅が必要なのかもしれない、と余りに意外なことをフト思った。うっかり忘れていることが沢山あるような気がして来た。