ジョナス・メカス『どこにもないところからの手紙』から

枕頭の書の一冊に、ジョナス・メカスが祖国リトアニアの『農民新聞』に連載した1994年6月から1996年10月までの「手紙」をまとめた『どこにもないところからの手紙』という著作がある。村田郁夫氏による翻訳が書肆山田から2005年10月に出た。リトアニア語の原著"Laiškai iš Niekur"は1997年に首都ヴィルニュスのBaltos lankos社から出た。

どこにもないところからの手紙 (Le livre de luciole (55))

どこにもないところからの手紙 (Le livre de luciole (55))

時々思い出したように手に取って、適当な箇所を開いて少し読むということを一年以上続けている。私の「読書」は大半がそうなのだが。メカスの365日映画のなかで、メカスが破格の英語で不自由に語る思想の断片は、『どこにもないところからの手紙』では過不足なく語られている。母語リトアニア語で自由に書かれていることが翻訳を通して伝わってくる。その落差、不自由な外国語と自由な母語の間の落差に改めて驚く。

今日は私が日々振り回されている「計画(主義)」に関するメカスの思想についてちょっとノートしておく気になった。以下の引用はすべて『どこにもないところからの手紙』からである。

メカスによれば、人類の病ともいうべき行き過ぎた「計画主義」は共産主義社会主義において極まった。そしていうまでもなく、私が生きる資本主義社会においても何らかの組織における同じような行き過ぎた計画主義は当たり前のようにまかり通っている。では、何らかの組織にコミットせずには生き難いわれわれが、そのような計画主義の束縛から抜け出すにはどうしたらいいか。メカスは次のように断言する。

私の考えでは計画なしに、可能なかぎりすべてを放任し、自発性に任せるなら、結果はそれだけよくなる。そうしたとき、すべてがおのずと発展し、良い結果が生まれる、すなわち自然と人間、自然と世界のバランスが生まれる。
(181頁)

そんなことは本当にありうるのか、と思わず耳と目を疑ってしまうような、あまりにナイーブな意見だと思われるかもしれないが、それは何らかの組織に従属し、その庇護の下で生きることを暗黙の前提にしているから、そう思うだけだと、メカスなら言うだろう。そこではそれこそ行き過ぎた計画主義こそが生き延びるための手段に他ならないのだから。でももしその前提を外すことができれば、つまりは組織に従属しなくても生きて行く具体的可能性が拓ければ、メカスの考えは一定の説得力を持つ。

その可能性をメカスは彼なりのやり方で切り拓いてきた。しかし、それは大抵の人にとってははほとんど絶望的に不可能に近い。実際に美崎薫さんがどこかで書いていたように、資本主義社会で自由に生きるには「金が必要だ」。その金をどこからどうやって調達するか。そのあたりのセンスと技量と覚悟がなければ、それこそ、資本主義を越える自由な思考を発揮することさえできないだろう。しかし、本当にそうだろうか。そのような発想そのものが資本主義的なのではないだろうか。「金から自由になること」こそが本当の自由なのではないか。でも、どうやって。それをこそ真剣に考えるべきだ。

ところで、メカスには次のような人間観、自己認識がある。

私は非常に高い次元のキリスト教について考えているということを付け加えねばならない。世界にキリスト教徒はさほどいないと考えている。私自身もその途上にあるにすぎず、自分がほとんど無に過ぎないと信じている。私はどこにもないところから書いている無である……私たちはそのような無である。
(182頁)

そして、メカスの考えを敷衍するなら、自分が何らかの組織を代表する「何ものか」であると過信する者が、一部を全体にすり替えて行き過ぎた「計画」に盲進する。全体がよく見えている者、自分が無であると痛感している者は、安易に計画しない、できない。それはすべてが「変わりうる」ということを身にしみて分かっているからだ。

変わりうることを信じなくなったら、私たちは棺に入るまで争いつづけ、互いに非難しあうだろう。
(188頁)

実際に、「変わりうることを信じなくなった」集団どうしの争いが、地球規模に広がった時代を私たちは生きている。メカスは嘆く。

年寄り世代は相変わらず世界を破壊し、大気、大地を汚染している。他方、若い世代は何も語らず……ただ待っている……天からの兆候を……。
(182頁)

杜撰な目で世界を「計画的」に破壊する愚行がいつまで続き、繊細な目で世界の全体を「無計画に」直観する知性が多くの場所で立ち上がるのはいつなのか。

メカスの都会での夏の過ごし方が粋だ。

 夏が来ると人々は誰もができうるかぎりニューヨークから出て行く。自然の中に出かけないにしても、どこか海岸に行く。でも私には海辺は堪えられない。そこにはけばけばしい色のショートパンツをはいた半裸の人々が闊歩し、私の目を害する。人々は砂に埋もれ、腹を出し、膝を曲げている。海辺は、私からすれば、醜い肉体の見本を陳列しているギャラリーだ。
 それで、海辺の代わりに、私はニューヨークの街を歩く。みんな海岸に出かけ、ガランとしてひと気がない。歩いているのは私ひとりと言ってよい。日が照り、車も少なく、悪臭も立たない。海や海岸を見たくなったら、メトロポリタン美術館に立ち寄り、スーラやモネの絵の傍らに佇み、わが目を慰める。
(186頁)

(つづく)