Langasさんの「リトアニアへの旅の記録 2001年夏」:日記と本の境界の揺らぎ

ジョナス・メカス関連で検索していて、目がしょぼしょぼし出した頃、フィンランド在住のLangasさんのちょっと古い記録が目にとまった。

そのページにはリトアニアで2000年に出版された未邦訳のメカスの著書の表紙写真(上)が載っていた。惹かれた。吸い込まれそうになって、その乾いた道を歩いている自分を、そのときの感覚を想像した。

その本について、Langasさんはこう書いている。

わたしたちのビリニュス滞在中の最大ターゲットは何よりも書店めぐりである。すぐに数冊をゲット。言語学専門書の新刊・古本の他、わたしは自分用にジョナス・メカスの"Žmogus be vietos"(=A Man Without Place)を購入。タイトルは英語で「難民」を意味するdisplaced personからつけられたものと思われる。

 リトアニアで5冊目の彼の著書は、戦中、戦後の最も困難な時代の日記集。ちょっと映画に詳しい日本人なら大体知っているメカスだが、こちらの留学生で知っていたのはあるリトアニアアメリカ人一人だけだった(リトアニア人は、さすがに知っている)。こちらに来て彼への見方も少し変わったが、この本は読み応えありという気がする。後で調べたところ、すでにだいぶ以前からこの日記を元に書かれた同テーマの英語版著書があり、取り寄せて読み比べてみたいところでもある。

文中「英語版著書」のリンク先はアマゾンの古本、1991年に米国で出版された"I Had Nowhere to Go"のページだった。
Langasさんによれば、"Žmogus be vietos"は「戦中、戦後の最も困難な時代の日記集」で、"I Had Nowhere to Go"は「この日記を元に書かれた同テーマの英語版著書」ということであるが、私はちょっと混乱した。"Žmogus be vietos"は2000年にリトアニアで出版された。"I Had Nowhere to Go"は1991年に米国で出版された。したがって、「本」を前提に考えると、"Žmogus be vietos"から"I Had Nowhere to Go"への翻訳は時間的にありえない。

ここで、アマゾンの"I Had Nowhere to Go"に関するレヴュー(Editorial Reviews)を見ると、"His book represents ten years of his experiences as reproduced from his diaries. "とあって、"his diaries"の存在が前提になっていることが分かる。

ということは、本になる前のリトアニア語で書かれた1940年代から50年代にかけての日記がまずあって、メカスは最初1991年にそれを元に英語の本を出版した。それが"I Had Nowhere to Go"である。その内容は日記の単なる英訳ではなくて、かなり編集されたもののようである。そしてその元の多分手書きやタイプ原稿の束のような日記集の一部か全部をリトアニア語の活字の本"Žmogus be vietos"として2000年に出版した。

というわけで、内容的には"I Had Nowhere to Go"は"Žmogus be vietos"の英訳(部分英訳)である、と言えなくはないという可能性が、私の混乱の原因だったようだ。そしてそもそもメカスの場合は、映像、テキスト共に膨大な量の「日記的素材」が存在していて、そこから生まれる映画や本も日記的性格を強く帯びている。しかも実際に日記と呼ばれることも多いので、普通の意味での日記と本や映画の境界が揺らいでいることが、混乱の根本的原因のような気がする。

そういえば、365日映画の中で、分厚いバインダーを持ち出してきて、これが『本』だと紹介していたプライベートな逸話の記録の束があった。

あんな感じの日記的な素材集をメカスはたくさん持っているわけだ。


ところで、もうひとつ"Žmogus be vietos"と"I Had Nowhere to Go"の意味に関するこだわりがあるんだけど、長くなるので、結論だけ書いておこう。メカスにとっては"Nowhere"は、(基本的に"Nothing"も同じなんだけど)普通の意味で場所を持たないということじゃなくて、普通の意味では場所ではないような場所を持つということ。だから、メカスは積極的に"Nowhere"を持つと言いたいわけです。あくまで肯定形なんです。彼は決して"I Don't Have Anywhere to Go."とは言わないはずなんです。言い替えれば、"Where ?"という質問に具体的に答えられる場所ではない場所としての"Nowhere"をメカスは持つということです。

参考:英リ英辞書
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