本の電子化とタグ付け

bookscannerさん(id:bookscanner)による「本の電子化」に関する入門講義「画像派とテキスト派」を面白く読みながら、その外側の動きがずっと気になっていた。それは本に対するタグ付けの動向だった。本の「中身」を電子化、デジタル化することによって、その中身を物理的な本の制約からある意味で解放する技術開発の線とは別に、本に関する従来の情報と不特定多数の素人の読者が本に好き勝手につけるタグとを組み合わせて利用可能にするシステムの開発がある。いわゆる「ブックログ(BookLog)」である。ブックログの目的はいうまでもなく本の売買ではなく、本の公共的利用の文脈にあると同時に、本の利用者同士の新たな社会的繋がりの創出にある。

以前紹介したLibraryThingはその筆頭に挙げられる。その創設者兼開発者のティムさんがブログで興味深い報告を書いている。
Tuesday, February 20, 2007
When tags work and when they don't: Amazon and LibraryThing
http://www.librarything.com/thingology/2007/02/when-tags-works-and-when-they-dont.php
これを読むまで、私は本家(英語版)のアマゾン(Amazon.com)にはすでに2005年11月から利用者が自由に使えるタグ付け(tagging)システムが導入されていたことを知らなかった。日本語版のアマゾン(Amazon.co.jp)にはなぜかまだ導入されていない。

ティムさんによれば、LibraryThingAmazonに先立つこと三ヶ月前の2005年8月30日にタグ付けを導入した。その三ヶ月後のアマゾンによるタグ付けの導入は、六千万人を超える登録者を抱えるAmazonの規模からいって、タグ付けにとんでもないブーム(KABOOM)を巻き起こすことが予想されたが、ティムさんの調査によれば、実際にはアマゾン利用者はあまりタグ付けしないことが判明した。アマゾン利用者に比べれば桁違いに少ないLibraryThingの利用者によって本に付けられたタグの総数が13,593,069であるのに対して、アマゾンのそれは一桁少ない1,337,388と、約十分の一である。ティムさんによる統計資料はこちら

ティムさんはこの結果をアマゾンのタグ付けの「失敗」とみなし、その原因を診断して、改善策まで提案している。

私の理解では、この結果は、利用者の観点から言えば、商品としての本を注文することを前提にアマゾンで本を検索する利用者はあくまで消費者にすぎないことをしめしているように思われる。つまり目当ての本が手に入りさえすればよいので、そこでわざわざタグ付けをする動機は生まれ難い。逆にLibraryThingの利用者は本を所有することが目的ではなく、図書(公共物)としての本にいわば「情報的」に接近するので、本への個人的な愛着や評価をタグ付けに託す動機が生まれやすい。

ティムさんとしては、アマゾンのタグ付けがうまく働いて、その利用者の数に見合った膨大な数のタグが利用できるようになれば、LibraryThingとしてもありがたいわけなので、アマゾンに対してタグ付けにもっと真剣に取り組んでよ、と注文したいのだろう。

しかし、どうだろう?

私が気になるのは、ティムさんも指摘する「趣味判断的なタグ付け(opinion tagging)」の限界である。それは先ず「数の問題」に関係していて、数が少なければ少ないほど、タグ付けは本に対する「ノイズ」のごとき情報でしかなくなる傾向が極めて高い。本の中身に関する情報ではなく、極端な例としては「ツマンナイ」とか「クソ」とかいう極めて主観的な印象タグが目だってしまう。タグが本の中身に対して有効に公平に機能するには、先ずはタグの数がある臨界点を超えるまで増える必要がある。しかもそれだけでなく、スパム・タグの防止策を講じたり、タグの論理的URLsの管理などをきちんと行わなければならない(と、ティムさんは言う)。

ティムさんも指摘するように、どうもアマゾンはタグ付けをそれほど重視していない。実際に例えば、同じ"Folksonomy"を「タグ」として検索した場合と普通のキーワードとして検索した場合を比較すると後者の方が数多くヒットする。

"Folksonomy"で「タグ(Products Tagged With)」検索した結果:3件ヒット。
http://www.amazon.com/gp/tagging/search/ref=tag_dp_sr/002-6890769-6882445?keywords=Folksonomy&x=4&y=10

"Folksonomy"で「普通に(Amazon.com)」検索した結果:22件ヒット。
http://www.amazon.com/s/ref=nb_ss_/002-6890769-6882445?url=search-alias%3Daps&field-keywords=Folksonomy&Go.x=9&Go.y=11&Go=Go

つまり、アマゾンではすでに本の中身まである程度検索できるので、本を探す場合に、本に外側から付けられるタグに頼る必要性は高くないわけだ。

とりあえず、まとめるなら、アマゾンはあくまで「商品としての本+消費者としての利用者」に照準した商売という土俵にあり、LibraryThingは「情報としての本+本を愛する利用者」に照準した思想的土俵にある。両者はいわば水と油の関係にある。アマゾンの利用者は買いたい本(など)を探す。LibraryThingの利用者は愛すべき本に思い(タグ)を託し、その同じ思いを共有する人を探す(らしい)。もちろん、両者の利用者は同一人物でありうる。

(続く)