Folksonomy is not another classification and How to quote Wikipedia

「フォークソノミー」"Folksonomy")という語の生みの親として知られるトーマス・ヴァンダー・ワル(Thomas Vander Wal)によるフォークソノミーウィキペディアに対する深刻な誤解に関する2年前の記事が目にとまった。遅ればせながら、目からウロコが一枚落ちた。

その中でトーマスはフォークソノミーに関してデリケートな論点を明示している。つまり、フォークソノミーは正確には「もうひとつの分類」ではないということである。だとすれば、フォークソノミーにはどんな価値があるのか。トーマスはおおよそ次のように述べる。タグ付けはあくまで個人の語彙と理解の中でなされる行為であることを認識した上で、そのような個人的なタグ付けの集合から何らかの価値が生まれるとしたら、それは一つの情報に関して混同されがちな次の三つの層ないしは要素を区別することによってである。

1)タグ付けする人物
2)タグ付けされる対象
3)用いられるタグそのもの

トーマスは、タグ付けは情報の分類に資するのではなく、誰が何をどう特別に命名したのかを知ることこそが鍵であると主張する。それが同じような関心、語彙、理解を有する人びとの間で社会的なつながりを生む。

このかなり深い論点は、情報を探すための新たなツールとして注目されてきたタグ付けが、探される側の情報の整理としてのフォークソノミーには少なくとも直接的にはつながらないことを意味する。これは11月1日に紹介した吉川日出行編著『サーチアーキテクチャ』第7章の議論の根底にも触れる興味深い論点である。

もうひとつ、トーマスはウィキペディアの引用の作法に関して注意を呼びかける。ウィキペディアのメディアとしての流動性がちゃんと理解されていないことを指摘した上で、彼はウィキペディアから引用する場合にはかならずその「版」(version)を銘記すべきであると主張する。雑誌や新聞の記事を引用する場合には発行の日付や号数を銘記するでしょう?とトーマスは念を押す。これは言われてみれば当然のルールである。