my melancholy fate, Zoë Lund:365Films by Jonas Mekas

ジョナス・メカスによる365日映画、3月、88日目。


Day 88: Jonas Mekas
Thursday March. 29th, 2007
5 min. 10 sec.

With Zoe Lund
at Mars Bar --
taped by Auguste.

ゾーイ・ルンド
マーズ・バーで。
撮影はオーグスト(Auguste Varkalis)

今日のフィルムでは、メカスは俳優、相手は脚本家であり本物の女優でもあった今は亡きゾーイ・ルンド(Zoë Lund, 1962-99)。オーグストはカメラマンに徹し、姿は見せない。場所は、2007-02-26「私はどこに?I Wish I Knew」でも登場した、古きニューヨークの最後のダイブ・バーとして知られるマーズ・バー。ゾーイは店に入る前から煙草を吸い続けている。ときどき大きく咳き込んでいる。二人は細長いカウンターしかない店内の一番奥の席につく。チャイナ・ポイント・カード知ってる?とか世間話をしている。外はまだ明るい。メカスはテキーラを注文する。ゾーイは蒸し暑いからと言ってコカコーラを注文する。メカスはオーグストに、アフリカに行ったことあるか、と尋ねる。彼女はアフリカ、モザンビークから戻ったばかりなんだ、とオーグスト。店を任されているまだ若い十代に見える娘は大きな押しの強い声で客に話しかける。かなり背伸びしている風だが、そうやってたくましく健気に生きていることが伝わってくる。オーグストのカメラは、メカスとゾーイの様子、ジュークボックスで店の娘がロックを選曲するところや、店内の細部の様子、窓外の様子を記録するように撮る。ゾーイの様子はどこか落ち着かず不安定だ。彼女は97年にパリに引っ越し、99年に37歳でパリで亡くなる。撮影年月日は不明だが、メカスが生前の彼女に会った最後の日なのだろう。

ゾーイ・ルンドその人については、元夫のロバート(Robert Lund)が運営する公式サイト「Zoë Lund」に詳しい。17歳のときにデラウロ(Edouard Yves De Laurot)*1との運命的な出会いがあり、ロバートとの結婚生活と別れ、ドラッグと沢山飼っていた鼠、そしてパリ行きの顛末など。*2また、映画「American Hardcore」(2006)で知られるポール・ラックマン(Paul Rachman)が2004年に制作した約6分のショート・フィルム「Zoe XO」はよくできている。元夫ロバートがニューヨーク市内を車で走りながら生前のゾーイを回想する夢のような映像である。

ところで、今日のフィルムの最後には、次のようなタイプしたテロップが入る。

aratamete
kyo shimo mono o
kanashiki wa
mi no usa ya mata
sama kawarinuru


today anew
I realize the sadness
of it all,
my melancholy fate
has but changed its shape

--Murasaki Shikibu

何だろう、と眼を凝らしてみたら、あら、紫式部だった。日本語のオリジナルはネットにあるかな、と思って、ウェブ検索してみたら、「平安王朝クラブ」の「紫式部・和歌『紫式部集』&補遺」にあった。

あらためて*3
けふしもものの
悲しきは
身の憂さ*4やまた
さま変りぬる*5

その「通釈」は

今までも夫との死別の哀しみなどを味わってきたが、年があらたまった今日の今日、このめでたい正月に今更悲しさを感じるのは、年が変わったように、宮仕えをして、変化した身の上や境遇からくる、以前とは違ったつらさがあるからだろうか。

とある。しかし、上の英訳からメカスが感得した意味には、「通釈」に見られるような紫式部が現実に置かれていた境遇等の文脈から汲み取られるものがどれほど含まれるのかは不明である。メカスが何かを鋭く感得したであろう英訳を試みに和訳してみる。

今日という新しい日に
こともあろうに悲しんでいる自分がいることに気づくのは
憂いを宿命づけられた人生が
その姿を変えたからか

日が改まっても、あるいは年が改まっても、すなわち人生という時間の周期的な節目を迎えても、それが文字通りの区切りになるわけではなく、人生は続いているのであって、だから、私の人生の根源的な悲しさ(sadness)は消えることはなく、しかも、物憂い現実の様子、姿が替わることで、かえって、いわば背景が入れ替わることになり、その悲しさがまるで新しい絵のように鮮明に浮かび上がることもある、ということか。

メカスはゾーイの短かった人生に、そのような悲しさを強く感じ取っていたのかもしれない。

*1:映画制作者であり1939年のポーランドワルシャワにまで遡る政治活動の歴史の批評家でもある。

*2:日本では、彼女も脚本を書き出演したアベル・フェラーラ(Abel Ferrara, 1951-)監督の「刑事とドラッグとキリスト(Bad Lieutenant)」(1992)が公開された。

*3:年のあらたまったことを懸ける。

*4:身分・境遇といった、現実的な憂い。

*5:宮仕え生活という変化による、また別の憂さが生じたことを指す。