Passion, Francesco Petrarca:365Films by Jonas Mekas

ジョナス・メカスによる365日映画、4月、96日目。


Day 96: Jonas Mekas
Friday April. 6th, 2007
3 min. 05 sec.

It was on Good
Friday
in 1327
that Petrarca met
Laura

ペトラルカラウラに出会ったのは
1327年の聖金曜日のことだった

大きな鐘の音。森。金属を打つ音。明るい陽射し。古い石の建物の壁。欠けた壁。植物が生えた壁。建物の入口横の壁に透明な案内ボードが固定されている。"Chapelle St. Claire"(サン・クレール礼拝堂)と読める。メカスは建物の全体を写さない。入口の真上の円形の窓をしばらく凝視する。ほんの一瞬、どこかの街角に停車している車の映像がサブリミナル効果の映像のように入ったかと思うと、次の瞬間には英語のテキストが、ペトラルカの詩の一部が、クローズアップされると同時に別世界からのような叫び声が聞こえる。「ペトラルカ!」というメカスの声が聴き取れる。ああ、あの1月1日の「宣言」の声だと思い出す。カメラはテキストを単語一語一語を確かめるようにゆっくりと行に沿って右向きにスキャンする。そして改行するときには逆向き、左向きに素早く動いて行頭に戻ろうとするが、すぐにはうまく次の行頭がフレームに収まらずカメラは数行の上を彷徨う。「改行」というテキスト・レイアウト上の約束事に慣れ親しんだ私の目は最初はイライラする。しかし逆に、文字テキストを「読む」というほとんど無意識化した、普段はある意味で自然とさえ思われる行為には、実はかなり不自然で急激な折り返し運動が、「受難」のように孕まれているのだということを目の当たりにした気になる。

メカスのカメラが辿ろうとしたのは、以下のような部分的なテキストである。*1

I say that now and again, thanks to you, I feel in the midst of
my soul a new and strange sweetness, which then takes away
every other burden of painful thoughts so that of a thousand
only one is left there.
This little bit of life, no more, profits me, and if this good of
mine could last awhile, no state would equal mine. But perhaps
others ...

二行目の"a new and strange sweetness"(今まで経験したことのない奇妙な甘さ、優しさ)の、特に"sweetness"(甘さ、優しさ)の上にカメラは比較的長く留まった。

***

1月1日にメカスが宣言したように、この365日映画シリーズは他でもない愛する女性ラウラ(Laura, 1310-1338)に365の詩を書きおくった14世紀の詩人ペトラルカ(Petrarca, 1304-1374) に捧げられている。*2

ペトラルカに習って、メカスは2007年1月1日から365日間、毎日ひとつずつ短編映画を誰に届くか分からない手紙ようにネットに投ずることを、人生の震えそのもののような強いリトアニア語訛の震えるような声で叫ぶように歌うように宣言したのだった。*3

今日、4月6日の金曜日は、復活祭(Easter)の前の金曜日でキリストの受難記念日、短く受難日または聖金曜日(Good Friday)と呼ばれる。ペトラルカが初めてラウラに出会った日と、その日から21年後にラウラが亡くなった日はともに偶然にも4月6日の聖金曜日だった。今日の映像の冒頭には以下のようなタイプされたテロップが入る。

Petrarca first saw
Laura at the Easter
mass on Good Friday
at St.Claire, twenty
one years /to the hour /
before she died --

ペトラルカは聖金曜日
サン・クレール礼拝堂の
復活祭のミサで
初めてラウラを見た。
21年後のちょうど聖金曜日
彼女は亡くなった

最後には次のようなタイプされたテロップが入る。

by innocent
coincidence,
Good Friday in
1327 was also
on April 6th.

罪のない
偶然の一致によって、
1327年の聖金曜日
4月6日だった。

伝えられるところによれば、1327年4月6日金曜日ペトラルカはサン・クレール礼拝堂のミサでラウラを見初め恋に落ちた。人妻のラウラとの恋は普通の意味では実らなかったどころか、まともに会った形跡すらない。そして21年後の1348年4月6日金曜日ペトラルカはラウラの死の報せを受ける。ペトラルカは1327年から40年以上にわたって、ラウラへの愛をテーマにした366の詩を書いた。「事実」として確認できることは、その366の愛の詩がペトラルカによって書かれたということだけである。一説によれば、ラウラはサド侯爵の祖先にあたるユグ・ド・サドの妻だったということだが*4、実在の人物だったかのかどうかは結局のところ不明である。しかし、いずれにせよ、メカスはペトラルカの366の詩に人生の真実としての物語を感得し、それを己の人生に重ね合わせようとしているかのようだ。

メカスにとっては、ペトラルカは聖なる同じ日付が象徴的に二度刻印された「受難=Passion」を「情熱=passion」に転化して創造的に生きたお手本なのかもしれない。

*1:これが、ペトラルカの366の詩のどらかは同定できていない。

*2:メカスは365と書いているが、実際には366の詩が「歌の本(Canzoniere、カンツォニエーレ)」と題された詩集にまとめられている。PETRARCH: THE CANZONIERE

*3:http://d.hatena.ne.jp/elmikamino/20070103/1167800720参照。

*4:http://en.wikipedia.org/wiki/Petrarch参照。