情報文化論2007 第3回 人間の誕生と意味の発生

受講生の皆さん、こんにちは。4月17日の「復習」に書いたように、明日の第3回目は「ヒトの誕生にいたる生物進化=情報進化の具体的なシナリオを追って、「脳」を舞台にした人類史の序章に入ります」が、その前に前回解説した宇宙を舞台にした双子のような情報と生命の誕生のシナリオ、なかなか明確なイメージを描きにくい一種のドラマについても再度確認しますね。そのための粗筋をここにも書いておきます。

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まず宇宙という大きな舞台をイメージします。その宇宙は専門的には「熱死」と呼ばれる熱力学的平衡状態へと向かっているのでした。100億年というスパンですが、とにかく「死」へとまっしぐらに向かっているのです。その「死」は何を意味するかというと、あらゆる秩序、意味、区別が消失した状態のことでしたね。いいですか。そんな死へと不可逆的に向かうプロセスが進行する舞台の片隅、地球上で「奇跡的な逆行」が起こったのでした。そうです。「生命の誕生」ですね。

生命の根本的な特徴は、例えば、「生命は負のエントロピーを食べている」(シュレディンガー)とか「生命は無秩序から秩序を生んでいる」(プリゴジン)と言われるように、宇宙の基本的な動向とは正反対に「秩序を作り出す」ところにあります。そしてそのような「秩序形成」は情報というものの根本的な動向でもあるのでした。様々な姿を見せる情報の裸の姿は「秩序を生み出す動き、働き」なんです。

もう少し踏み込んで言うと、その動きは、自分を周囲から区別して自立させ、さらにその自分を高度に複雑に展開していくという動きです。正確に言うと、ある独特の動きの中から自他の区別が生じ、自己を他者から区別すると同時に、時には他者をうまく利用しながら(相互作用しながら)自己を維持し続ける運動が展開していくわけです。不思議ですね。ですから、情報と生命の誕生とともに、自分と他者を区別する深い契機(きっかけ)が生まれてもいたわけですね。私たちの「私」のルーツもそこまで遡れるのです。

それにしても不思議なのは、宇宙の全体的動向の中には情報的萌芽は存在しなかった、つまり反情報的な動向だったはずなのに、それがまるで情報のネガ、鋳型のように働き始めた瞬間が生じたということです。科学者は色々と仮説を立てていますが、とにかく不思議です。

ところで、宇宙、生命とは言え、一面ではそれらは私たち人間から見た宇宙であり、生命に過ぎません。しかし、別の面では私たち人間とその認識は宇宙という舞台上での生命のドラマの一環にすぎないとも言えます。宇宙の死へ向かう時間の中で誕生した情報=生命という主人公がたどる時間は、宇宙全体のいわば「意識」のようなものかもしれません。ちょっとSFめいた、スタンリー・キューブリック監督の名作映画『2001年宇宙の旅』(2001: A Space Odyssey, 1968)を連想させるような話しになりましたが。

さて、とにかく地球上で誕生した原-情報生命システムは、次々といわばサバイバル戦略を展開します。サバイバルというのも、情報生命の進化とは、宇宙の死という大きな運命に逆らっていわば生き延びようとする動きの現れだからです。情報生命には死に逆らうベクトルが孕まれていて、その動きが情報生命を生き延びさせようと、様々な工夫を凝らして来たのが進化なのだと思います。*1

生物が情報によって作られると同時に情報を制御して成り立っていることが知られるようになったのは、そんなに昔のことではなく、19世紀の後半、「メンデルの法則」の発見あたりからです。親の遺伝情報が子に伝わっているという情報の複製(copy)の発見ですね。その後20世紀の半ばにワトソンとクリックが遺伝情報の物質的な本体としてのDNAの働きを解明したわけでした。生命の設計図としてのDNAですね。そして1970年代まではDNAが生命の情報とその情報の複製を中央管理しているというイメージが広まりました。しかし、その後の研究で、そこに生命のすべてが書かれている「聖書」のようなDNAのイメージ(「セントラルドグマ」)は大きな変更を受けます。もっと可動的なRNAが生命の情報をコントロールしていることが分かってきたわけです。詳細は授業で解説しますが、要するに、生命という情報体は情報複製能力だけでなく、情報編集能力をも兼ね備えているということです。たとえば、エイズを発症するHIV(ヒト免疫不全ウイルス)のようなレトロウィルスたちは「裸のRNA」みたいな存在ですが、人体等の中で、勝手な情報編集を行うわけです。

さて、RNAやDNAの高分子情報生命体が単細胞生物みたいなものから40億年以上かけてヒトのように極めて高度に複雑な情報生命体にまで進化したわけですが、そのプロセスの核心は遺伝情報と呼ばれる情報のサバイバルにあります。遺伝子の生き残りをかけた「戦略」が進化だといえるでしょう。その戦略の展開をイメージしやすくスケッチしてみますね。まず、いわば「植物シナリオ」と「動物シナリオ」が発動しました。両者に共通するのは「海から陸へ」というより制約の少ない環境へのシフトです。初期の海中植物が放出した酸素が地球表面に大気の層をつくり、陸上生活に適応した多様な生物の環境ができたのでした。

植物は上陸後一旦大きな危機を迎えますが、胞子から種子へという「性の分離」によってその危機を乗り越えます。異系交配によって、より安全な遺伝子の生き残りの道を切り拓いたわけでした。他方、植物とは一線を画す積極的な摂食と運動の機能を備えた動物は、消化系、そして神経系を整えて行きます。動物は海中では殻や節を発明して次々と多様化の道を歩みます。上陸後は、昆虫(節足動物)のような外骨格の路線、鳥類のような有翼化の路線、そしてヒトにいたる哺乳化の路線に別れて進化します。

最後の「哺乳類路線」の中から、「ヒト化戦略」ともいうべき最新のシナリオが発動するわけです。その中心は、中枢神経系を発達させ、大脳を充実させることにありました。それによって、他のどんな動物よりも、情報を「外部化」して制御することが可能になりました。言語や道具などのコミュニケーション・ツールを作り上げたのです。

こうして、宇宙起源の情報生命は自らを生き延びさせる有力なシナリオの主人公として「ヒト」になったと言えるでしょう。その最大の特徴である大脳の働きは、宇宙が宇宙自身を反省する視線まで獲得するわけです。その意味では、私たち人間の全認識は宇宙の自己認識と言えるかもしれません。そう認識する「私」の意識をどう考えるかは、意見が別れるところだと思いますが。

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というわけで、次回は、情報生命は「ヒト化シナリオ」においてどんなストーリーを展開したのか。それが次回からの人類史の基本テーマです。

情報文化論2007 第3回 人間の誕生と意味の発生

1 情報文化の指標と多様性
1-1文字と言語
1-2民族衣裳、民謡、舞踏
1-3国旗のデザイン
1-4動作、しぐさ
1-5食器の使用法
1-6諺

2 情報文化の本来的な特徴:哺乳類としてのヒトの特徴
2-1五指対向
2-2パララックス(平行視)
2-3右脳と左脳の分離
2-4食人儀礼(同種殺害)
2-5性器の隠蔽→発情期の喪失
2-6脳の巨大化
2-7難産と育児
2-8脳容量の縮退

3 世界の根源的分割
3-1「ここ」と「むこう」の分離
3-2「ここ」の情報文化
3-3「むこう」の情報文化

4 ヒトの進化

3000万年 霊長類の分化
1500万年 ラマピテクス 直立二足歩行
500万年 アウストラロピテクス 草食         <オルドワイ文化>
250万年 ホモ・ハビリス 雑食
190万年 ホモ・エレクトゥス 火の使用
120万年 ジャワ原人 右脳と左脳の分離------五指分節
ギュンツ氷期
ミンデル氷期
50万年 北京原人 脳容量900-1200 食人儀礼
15万年 ネアンデルタール人 脳容量1600 埋葬観念 <ムスティエ文化>
5万年 クロマニオン人 脳容量1350 子音の発生    <オーリニャック文化>
3万年 葛生人・三ヶ日人・浜北人
ヨーロッパ草原化---ヴェルム氷期    アルタミラ洞窟
1万年 レヴァント地方に農耕と集落
タッシリ
0.8万年 縄文出現

5 人間の矛盾
5-1大脳の問題
5-1-2大脳の三層構造
5-1-3右脳と左脳の分化
5-2直立二足歩行の問題
5-2-1難産と未熟児の誕生
5-2-2性的シンボルの隠蔽
5-2-3遠近と前後の出現
5-3虚弱な身体の問題
5-3-1恐怖を根底とした行動
5-3-2獲物を捕らえる困難

*1:その工夫こそ「編集」なのです。