情報文化論2007 第5回 宗教と国家の起源:神の情報文化史

前回は復習を兼ねながら、一気に、「宇宙→情報=生命→DNA(RNA)→神経系→脳→大脳→声→線刻→文様→輪郭図→土器→文字の発生」にいたる一筋を追いました。年表では紀元前1万数千年から紀元前2000年にいたる時期です。後半はオラル・コミュニケーション成立以降の歴史を「情報の外部化」という基本的視点に「魔術の起源」という視点を加えて概観しました。後半の「声→線刻→文様→輪郭図→土器→文字の発生」にいたる過程では、ヒトが思い、気持ち、観念を表出、表現する方法、つまりコミュニケーションの手段と目的が高度化していったのでした。

特に文字の発生に関しては、その背景として、地球環境の変化にも条件づけられた農耕と定住の始まり、集落の大規模化、そして世界最初の都市国家群(ウルク都市国家群)の成立が深く関係していました。物流量の激増に伴う原始的な経済システムと経営管理システムの成立のなかで、記録術として世界最初のシュメール人の絵文字(ウルク原文字)は出現してきたのでした。紀元前3200年ころの「簿記書板」は象徴的でした。その後の文字そのものの進化と目を見張る多様性については資料で復習しておいてください。

前回は「魔術」という言葉に敏感に反応した人が多かったようですが、何度も力説したように、いかにも「魔術っぽいこと」に気を奪われるのではなくて、実は私たちが普段何気なく使っている言葉や文字こそが魔術の極地であることに気づくことが大事なポイントでした。目からウロコの発想の転換です。そもそも思い、気持ち、観念を外に出すのは、それを相手に伝えたり、仲間で共有するためです。それはまさにコミュニケーションです。そのための手段として、まだ言葉も不十分、文字も存在していないような状況を想像してください。どうしますか?思いを「何か」に託すしかありませんよね。その「何か」、すなわりエージェント(代理物)でありメディア(媒介物)が、線刻→文様→輪郭図→土器→文字といわば進化したわけです。

そのようにしてヒトの間で見えない情報が伝わったり、共有されたりすること自体が驚くべき奇蹟みたいなことで、言ってみればそれこそが「魔術」なんです。そもそも魔術というのは一般にそう思われがちな特別な能力や隠された(オカルト的)能力に関係しているものなんかではなくて、私たちが日々普通に行っている多種多様なコミュニケーションとメディアの中にあるのです。例えば、大変人気のある各種占星術などは、私の考えでは、見えない何かを操っているのではなくて、観察力と知識と言葉の力を徹底的に駆使するところにこそポイントがあるんです。

ところで、皆さんも普段、言葉や文字によらず、ヘアースタイルやファッションやメイクや装飾品や目付きで「勝負」することがあると思います。皆さんに限らず、それらが社会的な身分や集団としてのアイデンティティなどを強烈にアピールすることがあるのを知っていますよね。蛇足ですが、「勝負パンツ」なんてのもありましたね。これらは何をしていることになるのでしょうか。立派なコミュニケーションですよね。自分あるいは自分たちとは何者かを周囲に、他人や他の集団に伝えようとしているわけです。それで確かに相当な情報が伝わるということは、考えてみたら、けっこう凄いことじゃないでしょうか。もちろん、現在の私達はそのような手段以上に、言葉と文字によって、さらに高度で複雑な情報を伝え合っているわけですが。

文字が誕生する以前の時代には、ヒトは現在の私達よりももっと強烈に例えば刺青や化粧や衣裳や土器の文様などのデザインによってコミュニケーションを試みたはずであると推理することは間違っていないと思います。つまり、思い、気持ち、観念の強度は私たちの想像を超えるほど強く、またそれらを表出しようとするパワーも、表現した結果への思い入れの強さも並大抵ではなかったでしょう。そう考えれば、例えば、縄文土器による文様戦争のような部族間の競合があったであろうことも頷けるのではないでしょうか。戦争というとすぐに武力による殺し合いをイメージしてしまう私達ですが、当時は自分たちのアイデンティティを象徴するデザインを見せ合うことが戦争だった。逆に言えば、戦争の起源とは異族間のコミュニケーションであった、と言えるでしょう。武力ではなく、歌や踊りや色んなデザインで戦争する。

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ところで、人類史を情報の観点から俯瞰したときに、虚弱な動物であるヒトの極端に肥大した脳を舞台にして、声によるコミュニケーションが成立したことが最初の大きな事件でした。そして、声の民族的多様性は、文様などデザインの多様性にもつながっています。次に大きな事件が、これまた多様な、そして驚くべき記録力を備えた文字の発生でした。文字の重要性については今後も色々な角度から敷衍する予定です。

さて、文字の次は何か。第三の事件は、「神」です。なぜヒトは、あるいは脳は、あるいは言語は、「神」を発明したか。情報の歴史のなかで、どこからどうやって「神」は流出してきたのか。「神」の情報的、コミュニケーション的、メディア的意味は一体何なのか。これが次回の主要なテーマです。「神の出現」が「宗教の出現」、「国家の出現」、さらには「自我の出現」すら条件づけている節があります。東洋にかぎっては、神仏の仮想だけでなく、「空」や「無」の想定という大きなベクトルが注目されます。

次回のレジュメを掲載しておきます。興味のある人は前もって気になった言葉などをグーグルで検索したりして楽しんでください。

情報文化論2007 第5回 宗教と国家の起源:神の情報文化史

1魔術としてのことばと文字
 1-1コミュニケーションの起源
 1-2戦争と武力
 1-3観念技術
2「契約」
 1-1聖書
 1-2言語
 1-3記憶
3「マツリゴト」(政=祭)
 3-1民族の記憶の統合
 3-2祭政一致型の宗教国家システム
 3-3世界最初の帝国システム:アッカド帝国システム
4民族
 4-1母集団化のメカニズム
 4-2移動と侵略
 4-3セム人の移動(BC2200)とアーリア人の移動(BC2000年頃)
5宗教の確立
 5-1信仰の起源
 5-2「聖なる場所」:都市と神殿
 5-3宗教と国家の起源は同一である
6神々の闘争(世界宗教史のドラマトゥルギー
 6-1善神と悪神
 6-2神々の交代
 6-3アッカド帝国、アッシリア帝国
7例外としてのエジプトの神話空間
 7-1古王朝時代のエジプトの神々の物語
 7-2オシリス、ホルス、イシス
 7-3エジプト神話の構造
8三大宗教の発生
 8-1古代メソポタミアヤハウェ信仰→ユダヤ教、(キリスト教
 8-2古代イラン:アフラ信仰→ゾロアスター教、(ミトラ教マニ教
 8-3古代インド:デーヴァ信仰→ヒンドゥ教、(仏教)
9ユダヤ教の起源
 9-1聖なる歴史(セム文化vs.アーリア=ゲルマン文化)
 9-2ヤハウェ信仰の本質
 9-3「約束の地」カナーンヘブライ王国フェニキア
 9-4バビロンの捕囚
10まとめ:情報文化の原則
 10-1情報文化は母型をもつ。
 10-2情報の技術化は母型の上に発達する。
 10-3情報の伝播は対発生する。
11次回へのつなぎ
 11-1初期の宗教にとっては言語技術、観念の技術が大きな役割を果たした
 11-2古代文明における宗教の発生はその後の情報文化のあらゆる側面に入り込んで行く
 11-3宗教情報はいったんデータベース化されることになる

なお、「7例外としてのエジプトの神話空間」に関連して、CUSCUSさんが、古代エジプトに関連する貴重な書籍の紹介を丁寧になさっていますから、是非参考にしてください。

「エジプトの死者の書」
「古代エジプト」
「エジプトの神々」