今回のタイトルは『入門!論理学』第5章最終節の見出しに使われている言葉です(p.188)。ゲーデルの不完全定理については今回最後に簡単に触れますが、私たちがこれまで見てきた論理学の「輪郭」を論理学と隣り合わせの数学の世界の光の下に一瞬垣間見ることになります。野矢茂樹さんは次のように書いています(pp.190-192)。
数学の公理系はどうしたって不完全でしかありえない。
(中略)
これは本当に驚くべき定理で、いろんなひとがこの定理をいろんなふうに解釈しています。なかには、「ゲーデルの不完全性定理は人間の知性の限界を示した」なんて大言壮語するひともいますが、私はこの意見には賛成しません。ゲーデルの不完全性定理はなによりもまず公理系という手法の限界を示したものであって、「人間の知性」ということを考えるならば、けっして公理系だけが人間の知性ではないだろう、と私なぞは思います。ふりかえって、私たちがもともとめざしていた標準的な命題論理に対する「自然演繹」のタイプの公理系は、完全であることが示されています。つまり、ここでは公理系による証明というやり方は百パーセントうまく機能するのです。さらに述べておくならば、命題論理にかぎらず、論理学の体系は基本的に完全な公理系を作ることができます。このことを考えると、数学の世界というのは、公理系という整理された体系に収まりきれないほどの豊かさをやっぱりもっているのだなあと、しみじみ思ってしまうのでした。
今回は、前回の「体系感覚をつかむ」の続きです。特に、私たちが見てきた命題論理の体系の全体像を形式と内容の二つの面から見通して、上の引用が90パーセント理解できるようになることをめざします。残りの10パーセントはゲーデルの不完全性定理の理解にかかっているので難しいですが、直観的には「ははーん」と感じられるところまで行けたらと期待しています。
今回の講義の骨子です。
論理学入門2007 第7回 遠くにゲーデルの不完全性定理が見える
1形式的アプローチ
1-1改めて「証明する」とは何をすることか
1-2公理系
1-3命題論理の場合
1-4公理系は形式的体系である
1-5形式的アプローチ
2内容的アプローチ
2-1論理法則の妥当性を論じるやり方
2-2内容的アプローチ
2-3内容的アプローチの例
2-4意味論を与えるということ
3「健全」で「完全」な公理系
3-1「健全」であるとはどういうことか
3-2「完全」であるとはどういうことか
4いろいろな公理系が作れる
4-1私たちの公理系(『入門!論理学』p.146)
4-2私たちの公理系と同等な公理系の例1
4-3私たちの公理系と同等な公理系の例2
5いままでの道のりを振り返る
5-1命題論理を企てる
5-2妥当な命題の範囲に関する複数の立場
5-3同等な複数の公理系の可能性
6私たちが作ってきた公理系の大きな特徴
6-1自然演繹
6-1真理関数としての規定(意味論)
6-2公理系
7ゲーデルの不完全性定理を遠く望む
7-1論理学と数学の違い
7-2自然数論
7-3ゲーデルの不完全性定理の意義