Amami in Sapporo?

午後四時過ぎ、校務(保護者懇談会)を終えて校舎を出たときから、車を運転している間もずっと、景色がいつもとどこか違うと感じていた。空気が違う、「明るさ」が違う。東の空には颱風の名残りの雨雲があったが、全般的には晴れ間が広がり、陽射しは強かった。暑いほどだった。短時間に急激に熱せられた大気が膨張してレンズのような効果をもたらしたのだろうか、藻岩山が異常に大きく迫って見えた。濃い緑の木々が一本一本見分けられる気がした。木々の葉が異常に煌めいていた。それは今まで見たことのない、まるでクリスタルのような煌めき方で、停車中は見とれた。北海道の、札幌の空気ではない、明るさではない。どこかで感じたことのある空気の明るさだった。奄美だろうか。颱風が奄美の空気を札幌に運んで来てくれたという荒唐無稽な思いが一瞬頭を掠めた。写真には撮らなかった。撮れなかった。所詮、この明るい空気は私には撮れないと思い、諦めた。

忘れ難い写真集がある。WIM WEMDERS, WRITTEN IN THE WEST。

Written in the West

Written in the West

その冒頭に掲載されているアラン・ベルガラ(Alain Bergala)*1との会話*2によれば、ヴィム・ヴェンダースは『東京画』(1983)を撮り終えた後、『パリ、テキサス』(1984)の準備を兼ねて、数カ月にわたって、アメリカ西部を、カリフォルニア、アリゾナ、ニュー・メキシコ、そしてテキサスと単独で車を走らせ、「西部に書き込まれた(written in the west)」サインのような景観を、マキナ(Makina)とライカ(Leica)を使い分けて撮りまくった。この写真集には、そのときの写真に、『パリ、テキサス』撮影終了後、思い立って再びテキサスを訪れ撮影したモーテルの写真を合わせて、全部で62枚の写真が載っている。「奥付けimprint」には、この写真集は1986年にパリのポンピドー・センターで開催された写真展*3が基になっていると記載されている。私はこの写真集をアメリカ滞在中の2004年6月5日にブックセールで安く($8.64で)買った。

この写真集が忘れ難いのは、「会話」のなかでヴェンダースが語る写真哲学、「孤独と写真撮影はある重要な意味でつながっている」という考え方と、非常に乾燥した明るい空気の中に広がる景観(「テキサス」)、そしてそこに存在する人間が作った物(「パリ」)を見る目を学んだからである。後者に関しては、無際限に広がる悲しみの薄い膜、ヴェールを捉えるような目、そしてそのヴェールの滲みか汚れか傷のように存在する個々の対象を捉える目。ヴィム・ヴェンダースという人は目の人、見る人だと思った。ちゃんと検証はしていないが、彼の映画もまたそんな目が生命の映画であるような気がしている。「見る」こと自体の探究とでも言えようか。

札幌の異常な景色を見ながら、実は私の目の中に「テキサス」に「パリ」を見るヴェンダースの目が記憶されていたことに気がついていた。ちなみに、映画『パリ、テキサス』に登場するパリはテキサスに実在する町の名前であるが、ヴェンダースにとってはそんな発見が重要な訳ではない。
Paris, TX

*1:「映画上映ネットワーク会議2004イン高知」に参加した際のプロフィールによれば、「アラン・ベルガラ氏は、パリ第三大学で教鞭をとる研究者・批評家であり、ドキュメンタリー「パゾリーニの小さな花」などを撮った映画作家でもあります。1970年代より、映画教育にも熱心に関わり、現在のフランスにおける映画教育の中心的な存在となっています。(中略)(アラン・ベルガラは)映画館が3軒あった人口8千人の田舎町で生まれ、セシル・B・デミルからフランソワ・トリュフォー、フランスの番線映画までありとあらゆる映画を観て育つ。奨学金を得てエクサン・プロヴァンスの教師養成校へ。学生時代は年間3百本の映画を観て、シネクラブをオーガナイズし、当時唯一映画講座があったエクサン・プロヴァンス大学のアンリ・アジェルの授業に出ていた。卒業後は海外協力隊員としてモロッコへ。帰国後パリ郊外のエッソンヌの文化センターに職をみつけ、カイエ・デュ・シネマ誌へ執筆し始める。J=P・リモザンと『逃げ口上』(1983)を共同監督。3本のフィクションと多数のドキュメンタリーを監督。現在の公職は、パリ第三大学・映画教授、FEMIS・映画分析学部長、CNDP・DVDコレクションのディレクター。映画教育の体験をまとめた『HypotheseCinema』ほか著書も多い。」

*2:この会話はヴェンダース公式サイトに再録されている。http://www.wim-wenders.com/news_reel/2001/0109_written_in_the_west.htm参照。

*3:the exhibit 'Pictures from the Surface of the Earth'