一理は百害に通ずることもある

人生や世の中が百の要素が相互に複雑に絡まり合って進行するものだとすると、一部の専門家や物知り顔の評論家が一の要素に関して主張するその時点での「真理」を鵜呑みにすることは、百の要素から成る世の中、人生にとってはそれこそ百害を及ぼしかねないと私は思う。非常に限られた視野での「真理」が、少しでも広い視野からみたときに「正しい判断」に直結するとは限らないからである。むしろ逆のことが多い気がする。もちろん、百の要素が絡まり合って巨大な「悪」を進行させつつある時に、一理を根拠に闘わなければならない場面はあることはさておき。

ピンぼけだけど、夜の藻岩山。毎朝見ている南斜面のゲレンデがライトアップされている。