印刷見聞録*1に活版印刷の技術の核心にふれると思われる「凹みとかすれ」をめぐる記事がある。
昨年の活版印刷ブーム*2の中で発注時に多かった要望に次の二つがあったという。
(1)「(少々文字などが潰れてもいいので)凹むぐらい強く圧をかけて印刷してください」
(2)「印刷がかすれていてもかえって味があるのでかまいません」
ところが、そのような「凹み」や「かすれ」は、実際に活版印刷を行う職人さんたちにとっては技術、経験、誇りを捨てて、「へたくそ」に印刷することを意味する。
確かに活版印刷はオフセット印刷など他の印刷技法にくらべると、安定した印刷が難しいのは事実です。それでも、優れた職人さんはじっくりと時間をかけて版の高さを文字通り薄紙1枚の単位で調節して、ムラのない美しい印刷を心がけてきました。(それがスピードと低コスト合理化の時代に生き残れなかった理由でもあるのですが・・・)
また、もともと活版印刷は主に書籍印刷によく用いられていたため、両面印刷が多かったのですが、片面を凹むほど印圧をかければ、もう一方の面が凸(つばく)んでしまい、かと言って印圧が少ないと、かすれて濃度が薄い読みにくい印刷になってしまいます。故に凹まない程度に強く印圧をかける技術が職人の矜持なのです。こういった活版印刷の職人さんの想いも少しはリスペクトされたらなあ、というのが今年の活版印刷ブームに対する私の正直な感想でした。
それを受ける形で、活版散歩*3でも、「凹み」や「かすれ」は決して活版印刷の本来の魅力ではないことが職人が受け継いできた伝統技術の観点から丁寧に説かれている。
凹んでいるのが活版印刷の一番の特徴ではありません。凹みは押して印刷するため、出来てしまう副産物。本来タブーではありますが、私も凹みが欲しいときがあり、そういった効果を狙うときもあります。活版印刷は凹みを作るための印刷ではなく、ただ凹みが欲しい場合は「箔押し」*4があります。
現在プロとして長年携わってらっしゃる職人さんは、凹みがなく・ムラなく、はっきりとした印刷が美しいと叩き込まれています。これは実際にやってみるといかに難しいことなのか解ります。紙は性質によっては押して印刷されるのですから、凹みができることもある。そして弱くすればかすれなどのムラができる。それを一つ一つ、後ろで紙を貼ったりなどの細かな調整と丁度良い印圧を探し、時間をかけて印刷されるのです。だから凹みやカスレを注文され、心の葛藤と戦いながら印刷を受けている方が多いのです。
しかしながら、難しいところだなと思う。職人的観点からは、凹みもせず、かすみもしない、その絶妙な間合いに印刷の技術と経験の粋としての「美しさ」の絶対的基準がある。他方、多くのお客さんは、そのような専門的な基準から両極端にはずれた凹みやかすれの「味わい」を求める。受容をはなから拒否することはできない。供給の担保としての職人の矜持を無礙にすることもできない。両者の間に立つ堀尾さんや平川さんのジレンマは深い。感心したのは、印刷見聞録でも活版散歩でも、性急に前者の価値観を押しつけようとはせずに、後者の受容をも真摯に受けとめながら、両者の「対話」を粘り強く継続し深めるなかで新たな基準を模索しようとしている姿勢が強く感じられるところである。
*1:印刷の悉皆屋(しっかいや)として活版他、様々な印刷を提供している創業1920年の京都の印刷会社からふね屋の堀尾さんのブログ。
*2:昨年は「ちょっとした活版印刷ブーム」が起こっていたことを知った。活版 印刷リバイバル(2007年3月9日 YOMIURI ONLINE)参照。
*3:先日紹介したLUFTKATZE(ルフトカッツェ)主催の平川さんのブログ。