ハンコ(判子)の由来/ハンコの逸脱

 
酒井博史氏作ガラス印鑑「塊」

ハンコ(判子)って、ハンコウ(版行)が転じた言葉だとは知らなかった。

先日、札幌での活版印刷ワークショップの企画(第1回活版印刷ワークショップは3月9日(日)です)に対して応援メッセージをいただいた朗文堂アダナ・プレス倶楽部の大石薫さんが「コラム009」において、「活版(カッパン)」という言葉に対する違和感から説き起こして、わが国における言葉の簡略化に伴う概念の貧困化と物事の本質を見失う傾向に警鐘を鳴らしているのが目にとまった。そのなかで大石さんは

わが国の近代印刷においては、もっとも基準となる「印刷版」という概念が希薄です。

と述べ、「オフ」に縮まっちゃった「オフセット平版印刷」や「ハン」とか「ハンコ」に縮まっちゃった「印刷に用いる版材」という意味の「印刷版」とならんで、「カッパン(活版)」に縮まっちゃった「活字版印刷」という用語に注意を促している。それらの簡略化の流れはこうである。

  • オフセット平版印刷 → オフセット印刷 → オフセット → オフ
  • 印刷に用いる版材 → 印刷版 → 刷版(サッパン) → 版 → ハン、ハンコ
  • 活字版摺立 → 活字版印刷 → 活版印刷 → 活版・カッパン

そして結論として、

技術用語としては煩瑣をいとわず「活字版印刷」と表記し、それと併用して、人口に膾炙した「カッパン」をカタ仮名表記で用いさせていただきます。

と宣言なさっている。

さらに、「活版・カッパン」という簡略語によって曖昧にされがちな重要な活字版印刷術(Typography)と凸版印刷術(Letterpress)の間の区別についても触れていらっしゃる。

  • 活字版印刷術(Typography):金属鋳造活字を主要な印刷版とする
  • 凸版印刷術(Letterpress):金属鋳造活字はもちろん、各種凸版類を印刷版とする

つまり、各種印刷においては、何が「印刷版」であるかによる区別というのが最も重要なポイントだということだと思う。だからそこを省略してしまうと、区別が曖昧になり、自分が何をしているのかも分からなくなりかねない。そういう危惧を大石さんは表明している。なるほど、それは印刷における「印刷版」の例に限らずどんな仕事にも通用する、その仕事の本質(モデル)をしっかりと認識するという非常に大切な見方だと思った。

ここで、ハンコそのもののことがにわかに気になり出した。欧米ではサインで済ますところをわれわれは捺印する習慣を当たり前だと思っている。捺印という行為は社会制度の一端にも組み入れられている。サインは手書きである。捺印は考えてみれば、立派な印刷である。凸版印刷術(Letterpress)の雛形みたいなものである。

ところで、ハンコにも色々ある。3月9日(日)に「第1回 活版印刷ワークショップ------活字よ、こんにちは。」を主催する日章堂印房の三代目である篆刻師・酒井博史さんは、版材として、木や象牙だけでなく、最近はガラスにも注目している。

酒井さんはガラスを印刷版としたハンコの製作にも意欲を持っているわけだ。それはハンコという社会的道具をその既成の意味ないしはモデルから逸脱させて、活版印刷の魂にもつながるような、ハンコが本来もっているある得体の知れぬ力に触れる新たな冒険(真摯なる遊び)であるような気がしている。私としては、いずれガラス印鑑作りも「活版印刷ワークショップ」の一環として取り入れてもらいたいと思っている。楽しそうだし。冒頭の写真は、酒井さん製作のガラス印鑑試作品第二弾「塊」の字である。美しい。