斜体には本物と偽物がある

広告のちらしやポスターでよく目にする右に傾いた書体(斜体)の文字は人の目を惹くための工夫であることは素人目にもよく分かる。しかし斜体の多義性についてはよく知らなかった。


上段にGaramondのローマン体、下段にイタリック体


オブリーク


ローマン体とイタリック体で特に字形の異なる書体

今までてっきり「イタリック体(Italic type)」って「斜体」と同じ意味だと思い込んでいた。ところが同じ斜体でも、斜体に相応しい字形がきちんとデザインされた本物と単に機械的に傾けただけの偽物があって、前者を「イタリック」、後者を「オブリーク(oblique)」と呼ぶことを最近知った。つまりイタリック体とオブリーク体を合わせて斜体と呼ぶのが基本なのである。デザインの専門家は別にして、一般には欧米でも「イタリック」と「オブリーク」は混同されているのではないだろうか。そして「イタリック体」を「斜体」の意味で曖昧に使っていると大事な点を見落としかねないと思った。

というのは書体の類別というか種別に関わることだが、イタリック体は単に派生的ないしは付随的な書体とは見なし切れないところがあるからである。これはちょっと分かり難いところがあるポイントのようで、専門家の説明もすっきりしないことが多い。どういう説明のされかたが多いかというと、ローマン体の多義性に基づいた説明である。例えば書体デザイナーの小林章氏は、イタリック体は直立体としてのローマン体と大きくデザインが違う、という文脈でこう書いている。

「ローマン体」にはいくつかの意味があって、「イタリック体」の対義語(つまり「傾いていない書体」)とする場合、「サンセリフ体」の対義語(「セリフのある書体」)とする場合もあります。
(「フォント演出入門」第7回「食欲をそそる書体」、『デザインの現場』2008年2月号、101頁、asin:B0012ORI4O

つまり、

  • ローマン体/サンセリフ
  • ローマン体/イタリック体

という書体種別の二本の軸があるということである。そして重要な点は単なるオブリーク体ではない独自のデザインを施されたイタリック体はローマン体と対等に対立的に存在する書体なのだということである。

おそらく実際に設計の労を担う書体デザイナーにとっては当たり前の見方と、私のような素人が抱くイタリック体に対する派生的、付随的な見方とのズレが、上のような説明に一瞬戸惑う理由であろう。それにしてもイタリック体を独自の書体として見る視点が初めて自分の中に確立したようで嬉しい。しかもその視点は書体が透明に孕む「知の領域」に踏み込んだ以上は、看過できない点であると思う。

つづく。