スモールマガジン『ようこそ北へ2008』フラッシュバック1:アイヌの精霊たちが出てきた出てきた

7月29日(水曜日)午前、数分遅れのANA新千歳空港に降り立った金城さん(id:simpleA)をレガシーに乗せて、一路アイヌの聖地二風谷を目指した。お任せモードの彼が二風谷に行きたいのか行きたくないのかは関係ない。私がとにかく見せたい。何が見せられるか。彼が何を見るか。それが楽しみ。それだけの、でも十分な(でしょ?)動機。

昨日まで雨だったのが嘘のように空は晴れ渡り、ぞくぞくするような予感に包まれる。何かがきっと起こる。いや、すでに起こっている。どちらでもいい。

昨年中山さんと辿った行程とは逆に、私たちは一気に二風谷の内蔵に分け入った。聖地へのご挨拶は中山さんと済ませてある。今後は「やー、元気? また来たよ。」そんな乗りが許されると感じていた。曰く因縁の二風谷ダムでしばし水没した土地、寸断された土地を透視してから、萱野茂アイヌ資料館に向かう。受付の女性に尋ねた。ダムに水没する以前の景観のことを。てっきり集落が水没したものと思い込んでいた私は驚いた。アイヌの集落は沙流川が増水しても安全な高台にあったのだった。

アイヌ資料館の敷地内にはアイヌの伝統的な家や舟や井戸などが再現されている。そんな家の中では、シナノキやオヒョウの樹の繊維を撚って作った糸で布を編む実演を見学することもできる。昨年と同じ婦人がいろいろと解説してくれる。「実は昨年別の友人と来たんです。」という私の言葉で彼女は勢いづいた。竹と凧糸で作った限りなく自然に近い楽器、ムックリの演奏の仕方を金城さんに直伝してくれた。私も見よう見まねで演奏した。自分の体の動きを呼吸と波長を合わせ、さらに竹の振動に共鳴させて生まれる不思議な音は、私たちの周りにまるで無数のコロポックルがぽこぽこ誕生するかのような幻想を立ち上げた。いや、それもまた現実だ。

昼飯時が近づいて、資料館を後にした私たちは昨年中山さん(id:taknakayama)と来訪したときには閉まっていた「アイヌ料理」の店の看板が目に留まり、迷わず立ち寄った。オープンテラスが気持ち良さそうな店だった。


メニューにはラーメンやカツ丼の文字が目立ったのでちょっと失望しかけたが、よく見ると「アイヌ料理」のカテゴリーにトレプ(オオウバユリ団子)とシト(イナキビと米の団子)がある。その店を切り盛りしているのは母娘だった。母は料理、娘は給仕という役割分担ができているようだった。その娘さんが私たちのことをなぜか(どこか変な男たちだったからか、それともアイヌの血を遠く感じ取ったからか)異常に親切にしてくれた。

私たちは二種類のお団子だけを買うつもりだったが、娘さんが近所の山で採れたばかりの松茸の御飯があるけどどうするか訊いてくれた。「松茸ですか!」と驚いた私たちは迷わずそれも注文することに決めた。そして松茸御飯がメインで、お団子がデザートの第一日目の昼食がびしっと決まった。すごーく美味かった。
(金ちゃん、オオカミトマトの写真あったら、アップしといて。)

セレンディピティ(僥倖)はそれだけではない。娘さんは次に美味しいトマトがあるから食べないかと訊いてくれた。断る理由はない。ざっくりと切り分けられ無造作に皿に盛られたトマトが出てきた。その名は「オオカミトマト」。ヘー。凄ーく美味かった。

セレンディピティ(僥倖)はそれだけではない。娘さんは私たちの席に何やら紐の束を持ってやってきた。私が金城さんを遠路はるばるやって来た友人であることを告げたからか、彼の為に目の前のテブールの角に画鋲を刺して、そこに紐をかけ、縒り始めたのだった。なんとオヒョウの繊維でリストバンドを作ってくれるというのだ。信じられなかった。いや、そういうことが起こって不思議ではないオーラに私たちは包まれていた。そのリストバンドは店内でお土産として売っているものだった。そこで私はパッと思いついて今回金城さん以外にも飛んで来てくれる友人たちがいるという話しをして全員分のリストバンドをお土産に買った。すると私の分をただでくれた。ちょー嬉しかった。


セレンディピティ(僥倖)はそれだけではない。娘さんがオヒョウの繊維を撚っている間、店内にいたお母さんが顔を出して、13人の客がくることを告げた。ところが、娘はカラカラと笑いながら、待たせておけばいい、こっちが先と、金城さんのためにリストバンドを作り続けた。素晴らしい世界でしょ。


いきなりハートが満腹になった状態で、私たちは沙流川河口に向かった。美しい三頭のサラブレッドに挨拶し(ビデオ→ the three thoroughbred horses, 14sec.)、改めて太平洋とつながった沙流川、そして二風谷にご挨拶した。よし、準備は整った。これから三日間の「夏の夜の夢」が始まる。